ノラ・ジョーンズを聴く
スカラとB&Wとの最も大きな違いは「温度感」ではないかと思う。
どちらかと言えばややクールで無機的に感じられるB&WDに対し、スカラの音は断然「暖かい」。
ノラ・ジョーンズのボーカルは息吹が感じられるほどリアルで、柔らかでふくよかな肉体を持った女性が目の前で謳っている雰囲気がとても色濃く出る。
ウッドベースの音は強く圧力がある。剛性の高いウーファーが空気をしっかりと駆動するからだ。その上、剛性が高いエンクロージャーからは、膨らんだり無駄のある響きは出ない。アンプを奢らなければ、良質な低音が出にくいB&Wとの差なのか、あるいはB&W
802Dさえ鳴らしてしまうAIRBOWの低価格プリメインアンプの実力なのか、とにかくこんな低価格の小さなプリメインアンプで鳴らしているとは全く信じられないほど、「しっかりと地に足の付いた低音」が出ることに驚かされる。
重量感、重厚感のある低音だがB&Wよりも響きが豊かだ。、ユニットの動きも軽やかに感じられる。明るく優しい音で鳴る音楽は、春風のように体を吹き抜ける。
スカラから流れるピアノの音を聴いていると“同じ傾向の音を出すピアニスト”が脳裏にどんどん浮かんできた。アルフレッド・コルトー、モニク・アース、ラベック姉妹、そしてミシェル・ルグラン。コルトーやミシェル・ルグランは別としても、モニク・アースやラベック姉妹の出身地までを定かに覚えていたわけではない。しかし、スカラの音を聴いていると彼女たちのピアノの音が脳裏に浮んで来る。念のためにインターネットで出身を調べると、全員がフランス人だったことに驚いた。
いったい、なぜピアノの音が“フランス的”に聞こえるのだろう?なにをもって、私はスカラで鳴るピアノの音を“フランス的”と感じるのかは、よくわからないがとにかく“フランスの音”でピアノが鳴る。アタック(打鍵感)は、しっかりとした芯があるがあくまでもマイルドで優しい。少し霞がかかったようなまろやかな響きは美しく、驚くほど色彩が豊かだ。とても金属の振動板を持つツィーターから出る音とは考えられないソフトなタッチと、金属の振動板からでしか出せない芯のある硬質なアタックが見事に両立している。打鍵から音が消えるまでの音の流れもスムースで一切の違和感がない。素晴らしいピアノの音にしばし聞き惚れる。
シンバルの音は、ブラス(真鍮)を丹念に仕上げたシンバル特有の複雑な響きと音色が克明に再現される。ドラムセッションでは、スネアやブラシの音も高級スピーカーらしくしっかりとした芯があって、380万円と言うずば抜けた価格を納得させられる、普通ではあまり聞けない素晴らしい水準に達している。
柔らかく、暖かく、深みがあって、優しい。フランスベッドという響きから連奏される、ふわりと体と心を包み込まれるような聴き心地の良い音でノラ・ジョーンズが聴けた。
ヒラリー・ハーンを聴く
この演奏も、音が出た瞬間とても驚いた。とてもじゃないけれど「たった19万円」のCD/SACD+AMPでならすスピーカーから出てくる音ではなかったからだ。このレベルの音を出そうと思えば、少なくともCD+AMPには100万円、下手をすれば200万円クラスの製品を奢らなければならないというのが、一般的な常識だと思えるくらい、無駄な響きのないきめ細やかな音だ。素晴らしいHiFiの世界が聞こえる。
バイオリンの4本の弦の関係は、スローなパッセージでもアップテンポなパッセージでも一切揺らぐことなく、常に正しく再現される。バイオリンから出る音と、ホールの残響の関係も緻密で細かい。こんなに安いCDプレーヤーとアンプで鳴らしているにもかかわらず、目の前の演奏を聴いているような音がスカラから出る。
マッチングが良いのか?スピーカーがよいのか?SA7003/PM7003/Liveがよいのか?断定は出来ないが、多分それらのすべてが最高にマッチしているのだろう。
誤解を避けるために付け加えたいのだが、ここでは380万円のスピーカーを鳴らす19万円のセットを誉めるつもりではない。なぜなら、SA7003
Live+PM7003/Liveの組合せは、ウィーンアコースティックT3GやPMC
IB1sで聴く限り、価格の数倍の性能までは確認できても、十倍を超えるほどの音だとは思えなかったからだ。
それが、スカラとの組合せで見事に化ける。電源ケーブルは付属品だし、スピーカーケーブルも10年以上前のAcrotec
S1010を使っているのに、出てくる音は最新で最高のコンポでしか聞けないほどの素晴らしさだ。
非の打ち所がないと言っても良い。これほど質感が高く、細やかで、正確なのに情熱的な音で、CDが聞けるなら・・・、生演奏に行く必要を感じられなくなるかも知れない。素晴らしいサウンドだ。
クララ・ハスキルを聴く
試聴の締めくくりに「クララ・ハスキル」のモーッアルトを聞くことにした。
アルフレッド・コルトーの愛弟子であり、希代のモーツァルト弾き。モーツァルトのピアノは、ハスキルが最高だと私は思う。彼女の奏でるモーツァルトは、悲しく愁いを帯びている。その何とも言えない味わいは、唯一無二の物だからだ。
CDの冒頭部分の弦は、さすがにやや分解能が不足して混濁して感じられることがあった。しかし、音楽として聴くなら、この古いソフトの状況を考えるなら、この音には及第点を与えて良いと思う。
ハスキルのピアノが入った瞬間に空気が変わった。
ハスキルの奏でるピアノは、美しく柔らかく、そして暖かい。まるで、ピアノだけを最近録音し直したかのように明瞭で濁りなく鳴る。ストリングスは流麗に流れ去り、その流れにピアノの硬質でありながら木質的な音がクッキリと浮かび上がる。そのコントラストが素晴らしく、音楽としての流れ、各々の楽器の特徴が非常に美しく、きめ細やかに再現される。
楽器の音が混じらずに分離しながら美しいハーモニーに融合し、音楽が天上に向かって昇華する。そんなイメージでハスキルが聴ける。モーツァルトの天才と宇宙への繋がりを感じさせる、本当に素晴らしい音だった。
総合評価
作られた国は違うが、一世を風靡した小型プリメインアンプ「ミュージカル・フィディリティー(製造はイギリス)」のデビュー作"A1"は、純A級らしいきめ細やかな暖かい音の魅力で爆発的にヒットした小型プリメインアンプだった。たった20Wと言う小さな出力と、セレクターしか持たない簡単な構成で10万円を超えるというのは、当時の常識からすれば驚くべき常識外れだった。国産アンプの多くは出力と重量を競い、10万円出せば200Wを超える出力と20Kg近い重量級のアンプが買えたからだ。にもかかわらず、A1が受け入れられたのは「抗しがたい魅力的な音」がしたからだ。私もA1で海外製品の素晴らしいテイストを初めて知った。
]スカラは、そのA1と同じテイストに仕上げられている。
ヨーロッパでFocalと雌雄を分けるB&Wは、どちらかと言えばクールで理知的な音質を特徴とするがスカラは暖かく情熱的だ。お気に入りのイタリア製スピーカーZingaliでJazzを聴くと、演奏が灼熱の太陽の下で行われているように鮮やかに感じられる。スカラで同じ演奏を聴くと、昼下がりのフランスのカフェ(行ったことはないが)で行われているライブを聴いている柔らかい雰囲気がでる。
フランス料理的な「ややこってりとした脂気」を感じさせる音だが、それは乾きがちなデジタルの音に潤いと味わいを与えこそすれ、音楽の解釈を無闇に肥大させることはないし、まして下卑た音とは無縁だ。あくまでもアーティスティックかつ上品な味わいを保ちつつ、優雅な色彩を音楽に付け加えてくれる。適度な「脂気」が食材の口当たりと味わいを深めように、音楽を美味しくするためになくてはならない「色気の濃さ」をスカラは持っている。B&Wをイギリス料理、focalをフランス料理に例えると、分かりやすいかも知れない。まさに料理と同じ"味わい"の違いが両者に感じらたからだ。
今回は時間の都合もあり、AIRBOWSA7003/PM7003/Liveという廉価なセットとの組合せでしか聴かなかったが(聴く必要も感じなかったが)、AIRBOWの低価格モデルの限られた能力をスカラは最大に引き出して見せた。それはスカラが本当に「分解能」が高く「楽器の音を素直に表現できる」スピーカーだからであるし、接続するアンプやプレーヤーの音を素直に引き出す、鳴らしやすいスピーカーだという証だろう。
美しい外観と高級感漂う存在感に秘められた音と音楽性は、技術、ファッション、テイストのすべてに最高を目差すフランスの高いプライドを十二分に聞かせる、素晴らしい仕上がりだった。