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KRELLクレル S-550i プリメインアンプ 音質 試聴 比較 レビュー 価格
KRELL S-500i プリメインアンプ・音質テスト (新型Vanguardのテストはこちら)
・KRELLについて
KRELL(クレル)社は、ダニエル(ダン)・ダゴスティーノ氏により1979年アメリカに設立されました。翌年1月のラスベガスCESでKRELLは処女作KSA-100を発表し、その分厚く豪華なシルキーホワイトパネルに金メッキ仕立ての止めビスでアクセントを付けたシンプルなデザインと緻密で暖かいサウンドは瞬く間に世界のオーディオファイルの心をとらえ、日本国内でも大ヒットしました。「KRELL=クレル」というネーミングは、ダニエル(ダン)・ダゴスティーノが少年時代に観て感動したSF映画の傑作「禁断の惑星」(1956年・アメリカ)に登場する惑星の偉大な先住者の名「クレル」に由来します。この映画に描かれる「クレル」は、意志の力で操れる惑星の地下に蓄えられた無限のエネルギーを指し、禁断の惑星ではKRELLからあらゆる物質が生み出されます。この無限で万能なエネルギー「KRELL」にダニエル(ダン)・ダゴスティーノは、自ら興した会社と設計するアンプのイメージをダブらせ、それを「KRELL/クレル」と名付けたのです。
KSA-100は名前通り、純A級で100W+100W出力を持ちあらゆる出力状態での完全なA級動作を誇る当時として最も優れた回路を持つパワーアンプでした。その純A級回路ならではの負荷インピーダンスに左右されない出力特性のリニアリティーは抜群で、100W(8Ω)/2Ω負荷では380Wを保証するというパワースペックは当時驚異的でした。さらに電源トランスから独立した完全デュアルモノ・コンストラクション、スペースを十分にとったレイアウト、パワーTRを常時70°Cに保つためのローノイズファン・クーラーの採用、そして厳選したパーツを使用したシンプルなピュア・コンプリメンタリー回路など、現在も高級パワーアンプに採用され続けている回路と構造をKSA-100は30年以上前にすでに実現していたのです。
その後1986年までの数年間、KRELLはKSA-100をベースにした50W+50WのKSA-50やモノラルタイプのKMA-100と200を発売し、後にそれらをMark2へと発展させました。プリアンプではPAM-2(パムツー)に次いで81年に発表されたKRS-1(クレル・リファレンス・スタンダード)が一つの頂点となります。これらのプリアンプは完全モノーラルで、アルミ・ブロック削り出しのシャーシーを採用するなど贅を尽くした構成でした。左右の増幅回路と電源を別筐体の4ボディーに収めたプリアンプは、当時もそして現代でもハイエンドオーディオの最高を極めたものです。
1990年、KRELLはオート・キャリブレーティングによるA級動作時のバイアス切り替えの技術を確立し、純A級回路の高音質を低発熱で実現することに成功し、KSA−250を発売します。しかし、この素早い革新と同時に初期クレルサウンドの緻密で洒落た味わいが稀薄になったという批判を受けることがありました。妥協なき改良と高級化とともにKRELLの発売する商品はどんどん高級、高額化し、徐々に我々の手が届かないものになって行きました。
しかし、1996年にKRELLは初のインテグレーテッド・アンプK-300i(KAV-300i)、そしてSシリーズを全面的にリファインした最新ステレオパワーアンプFPB(Full Power Balance)200/300/600の3機種を発表し低価格帯の製品のラインナップを強化します。K-300iは、クレルがKASはじめとするパワーアンプで使っているものと同じカスタムメイドのモトローラ・バイポーラ出力素子を採用する150W/Chのパワーステージと、全段アクティブ・ディスクリートのコンプリメンタリA級増幅のプリステージを持つ極めてCPの高いインテグレーテッドアンプとして設計され、入力から出力に至る全段完全バランス構成による洗練されたサーキットを持っていました。1997年には、FPBをモノーラル化した250/350/650をリリースし、それまでサブ組織としてDACやCDを主体としたデジタル関連製品を開発してきたKrell Digital Inc.を統合、SBP-64X、Reference64などのDACや、MD-1、CD-DSP、KPS-20iなどの独特の味をもつデジタル機器の発売を開始します。また一方で1998年にかけて、KAV-250a,KAV-500などのパワーアンプ、サラウンドプロセッサーA+V Standard、インテグレーテッドアンプKAV-500i、3チャンネルパワーアンプKAV-250a/3などを相次いで発表し、ハイエンド・ホーム・オーディオ・シアターのコンセプトを積極的に推進しました。
2000年にはスピーカーエンジニアとしても、屈指のノウハウを持つダン・ダゴスティーノがクレルブランド初のスピーカーLAT-1を開発します。2001年にKAV-300はiLバージョンに進化し、スピーカー第二弾LAT-2とマルチチャンネルパワーアンプ、TAS,KAV-2250,3250そして、初のマルチディスクプレーヤーDVD Standardなどを立て続けにリリースし本格的なホームシアターアイテムの訴求を行います2003年、高音質サラウンドプロセッサー/アンプのShowcaseシリーズと同時に、初のSACD/CDプレーヤーSACD Standardを開発。KAV-300iLはKAV-400xiとなりました。2005年、LAT-1のアップグレードモデルLAT-1000と、ピュアオーディオの真髄を極めるステイタスモデルEvolution One/Twoを発表。2006年、Evolutionのテクノロジーを従来のFPBシリーズに波及させる新たなプリ202,222、パワー402,600,900、デジタルディスクプレーヤー505など一群のEvolutionシリーズを発表。2007年には往年のクレルを彷彿とさせ尚その先をゆく音とC/Pを誇るシリーズ完結モデル"Evolution302"ステレオパワーアンプをリリースしています。
(※ここまでの文章は旧輸入代理店AXISSのホームページから抜粋し、それを加筆・編集しました)
現在KRELLの創始者であり設計者であるDan D'Agostino/ダン・ダゴスティーノ氏は、自ら人生を締めくくるアンプを作り上げるためKRELLを離れ、2009年に自らの名を冠するブランドとして設立した"Dan D'Agostino"を設立します。"Dan D'Agostino"は、2010年から本格的な活動を開始し、モノブロックのパワーアンプ"MOMENTUM"とそのシリーズは、すでに日本でも大きなセンセーションを巻き起こしています。Dan D'AgostinoがKRELLを去ると共に日本国内での輸入代理店もAXISSからアッカに変わりました。
今回テストするKRELL S-550iは、最新技術を搭載するインテグレーテッド・アンプです。現時点でKRELLからは、様々なコンポが発売されていますが、S-550i以外の製品は順次モデルが変わると言うことで、今回S-550iのみを試聴することにしました。
・S-550iの概要
S-550iはKRELLがこだわり続けてきた純A級回路のプリアンプ部と、純A級の音質と低発熱大出力を両立した275W/ch(8Ω)のSEPPクラスAB大出力パワーアンプ部を擁し、入力段からボリューム段、ドライバー段までをフルディスクリート・コンプリメンタリーバランス構成とすることで極めてなめらかで力強く、レスポンスの良い信号伝送増幅を確立しています。
■プリアンプ・セクション
S-550iに搭載されるプリアンプには、フラッグシップ・モデルである"Phantom"の技術がふんだんに盛り込まれています。KRELLのお家芸とも言うべき全段フルディスクリート/フルコンプリメンタリー構成でライン入力初段からアウトプットステージの前段に至る全ての回路をピュアクラスA方式とし、クレル・カレントモード・トポロジーを全面的に採用した超低NFB設計により超広帯域リニアリティーを実現しています。さらに信号経路に音質劣化の原因となるキャパシタ(コンデンサー)を用いない「ダイレクト・カップリング回路」を採用し、信号応答性と音の品位を高めています。プリアンプセクションへの給電は、出力段から完全に独立した専用定電圧レギュレーターによって行なわれ電源回路の相互干渉による再生音への悪影響を可能な限り排除しています。音量コントロールには、マルチプライングDAC素子のR-2R抵抗をロータリー光エンコーダーによって152ステップ(ステップ間隔は最小0.2dB)で切り替える完全バランスのアナログボリュームを配備しています。本体のノブでも、付属のワイヤレスリモコンでも調整が行えます。
■パワーアンプ・セクション
超低NFBで広帯域にわたり優れたフェーズ/ステップレスポンスを実現したパワーアンプセクションの心臓部、出力デバイスは59個もの小信号バイポーラ・トランジスタを一つのペレット上に生成した複合素子LAPTにより構成されます。小型の出力素子を束ねたシリコン・エピタキシャルプレーナ型LAPTは、優れたレスポンスと高いリニアリティーを実現します。
275W/ch(8Ω)/550W/ch(4Ω)というパワーアンプ並の出力を持つS-550iのパワー回路をバックアップするのが、1,750VAの大容量大型トロイダルトランスと68,000μFのハイスピード・キャパシターを採用する超大型電源部です。この強力な電源部によりS-500iはセパレート・パワーアンプに匹敵するハイクォリティー、かつ圧倒的なスピーカー・ドライバビリティーを獲得しています。
■多彩な入力部
S-550iには、XLRバランス1系統とRCAシングルエンド3系統の入力端子、1系統のテープループ、iPod/iPhoneをデジタル接続可能な入力、システム拡張に有利なプリアウト端子など豊富な入出力系統が装備されています。またサラウンドプロセッサーを接続する際にプロセッサー側での音量調節を一本化する事を可能とするため、任意の入力端子のプリアンプゲインを0dBに固定するシアタースループット切り替え機能も搭載しています。
試聴テスト
試聴は、Focal
1028BE、Vienna Acoustics Beethoven Concert Grand(T3G)、The
Music3種類のスピーカーを組み合わせて行いました。音源には、AIRBOW
SA11S3 Ultimateを使いました。
CDプレーヤー
AIRBOW SA11S3 Ultimate (現金で購入)・(カードで購入)・(中古で探す)
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Focal 1028BE
Lady Gaga ”The Fame Deluxe Edition” から Poker Face
S-550iはFocal
1028BEを強力にドライブします。少し膨らみやすい1028BEの低音を膨らませず、かといって響きを引き締めすぎず、柔らかく厚みのある音で鳴らします。KRELLの主張通り「セパレート・パワーアンプ並」の低域の厚みと力強さが実現しています。中音(100-200Hz)付近に僅かな盛り上がりを感じますが、それは1028BEと部屋の影響だと思います。
クレルのデビュー作品「KSA-100」は、国産製品に例えるなら「Luxman」の純A級アンプの様に暖かくきめ細かい音でしたが「音の立ち上がりがやや遅い=音の角が僅かに丸い印象」がありました。S-550iのテイストもそれに似ています。主旋律より僅かに遅れる低域にKAS-100と似た、「純A級」らしい懐の深さと良い意味でのダルさが感じられます。
これに対し中高音は、かなりキリリと鳴ります。輪郭がしっかり出るのでボーカルは厚ぼったくならず、中低域に厚みがあるので高域がしっかり出ても細くならず、Gagaらしい肉感と張りのある若々しい声でこの曲を鳴らします。切れ味鋭く細かい高域は、音場を立体的に大きく広げる効果を持ち、音の移動も素早く空間をシンセサイザーの音がクルクルと舞うように感じます。
S-500iは古き良きアメリカのイメージから感じられる「Vintage」の芳醇さと、現代的なクリアさが両立した、明るく楽しい音でGagaを鳴らしました。
Beethoven Concert Grand
Lady Gaga ”The Fame Deluxe Edition” から Poker Face
Focal 1028BEよりもVienna Acoustics Beethoven Concert Grand(T3G)の方がS-550iと相性が良いのか、出てくる音がしっくり来ます。ハーモニーの分解能が向上し、少し気になっていた中低域部分の膨らみが解消したことで、空間がよりクリアになりました。Gagaの声も表情が深くなりました。
Beethoven Concert Grand(T3G)でRockを鳴らすと、中低音がスピーカー後方に広がって音場が前に出にくい傾向を感じることが多いのですが、S-500iは持ち前の素晴らしい駆動力でボーカルをしっかりと前に出し、ボーカルが前方、伴奏が後方、低音が最後方という理想的な立体感が実現します。
S-550Iを聞いて感じる長所は、スピーカーが楽器やボーカルの「色彩感の変化(音色の変化)」に敏感に反応することです。声が重なる部分、楽器が重なる部分での「自然な分離感」に優れるS-500iでGagaを聞くと、音(倍音や楽音)がミルフィーユのように薄く綺麗に重なって聞こえます。倍音が層状に重なって聞こえるのは、クラシックのコンサートでもなかなかお目にかかれず(聞ける機会が少ない)、それがCDで実現するのは素晴らしいことです。
1028BEとGagaの組み合わせでは、良い意味で脳天気な明るさを感じました。それをBeethoven Concert Grand(T3G)で聞くと全体のトーンがやや落ち着いて、じっくりとGagaの主張を味わっているような、意味深い大人のRockに聞こえました。スピーカーの持っている性格のためRockとしては刺激感は少し弱めですが、ニュアンスの深い聴き応えのある音でGagaが鳴りました。
The Music
Lady Gaga ”The Fame Deluxe Edition” から Poker Face
The
Musicだけ300万円を超えるので当然ですが、情報量(聞き取れる音の数)が桁違いに増えました。高音のクォリティーがグレードアップすることで、音楽(音質)全体の細やかさや明瞭感、表現力もアップします。
低音は1028BEやBeethoven Concert
Grand(T3G)を聞いて予想したよりも量が少なく感じますが、膨らまず高密度できちんとリズムを刻みます。中音は癖がなく、スムースで艶があります。
1028BEが搭載するベリリウムツィーターは芯がしっかりしていますが、艶ではBeethoven Concert Grand(T3G)が搭載するシルクドームツィーターに及びません。Beethoven Concert Grand(T3G)が搭載するシルクドームツィーターは、芯の強さで1028BEが搭載するベリリウムツィーターに及びません。シルクドームツィーターにさらにスーパーツィーターを追加しているThe Musicは、どちらの良さも合わせ持ち、明瞭で艶のある高音を再生しました。
全体的に音にもう少しメリハリが出る方がこの曲にはよりマッチすると思いますが、S-550iは高級コンポに相応しいクォリティー感の高い音でThe Musicを鳴らしました。
Lady Gaga 試聴後感想
Gagaを聞いて思うのは、KRELL S-500iのサウンドが色彩感に富むことです。最近各社から50万円を超えるプリメインアップが発売されています。オーディオ機器の買い換えを考えたとき、手持ちの機器よりも高価な機器を検討することが多いので、プリメインアンプも高価になってきました。50万円オーバーのプリメインアンプでは、HEGEL H300(600,000円/税別)を逸品館はお薦めしています。
HEGEL
H300とKRELL S-550iを比べると性能(聞こえる音)にはかなり拮抗しているように思います。どちらも下手なセパレートアンプよりもずっと音が細かく、低音がシッカリ出る部分も共通しています。また、音楽の表現力と直接的な関係にある「色彩感(音色の変化)」も豊かな点も似ています。しかし、H300が生まれ故郷のデンマークを想像させる、しっとりと静かなムード(暗いのではなく上品という意味です)を持つのに対し、S-550iはカリフォルニアの海岸を想像させる、明るさを持っている所が違っています。S-550iの持つ明るさは、ALTECのような底抜けの明るさではなくもう少ししっとりと知的です。聞いていると、心が軽く、気分が明るくなる音でした。
S-550iはスピーカードライブ能力が高く、膨らみやすい低域をしっかりと引き締めます(ウーファーをしっかりと駆動する)。さらに中高域には、しっとりした艶を持っています。KRELL
S-550iは、B&WやTAD、あるいはMagicoのように最新型の高性能スピーカーとよくマッチすると思います。
Focal 1028BE
Grace Mahya “Last Live at DUG” から Mona Lisa
このディスクは素晴らしく自然な録音なのですが、1028BEとS-550iで聞くと「僅かな電気増幅感」があります。電気臭さと言い換えればいいのでしょうか?生演奏を聴いているのではなく、生楽器が良質なPAで増幅されて鳴っているように聞こえます。たぶん、それは「中高域の僅かな膨らみ=柔らかさ」によるのでしょう。
多くの純A級アンプは高域のメリハリが不足しがちです。高域にメリハリがない事で音に艶が出て感じるのです。高域が伸びない真空管アンプも同じです。中高域のレスポンスが僅かに遅れるので、ドラムの音が少し湿って聞こえます。逆にギターの音は甘くなります。ボーカルには艶が出ます。S-550iは中高域のレスポンスが生楽器よりもほんの僅かに遅く、それが「電気的」なイメージに繋がっているのでしょう。あるいは驚くほどしっかり出る中低域の厚みが電気的な「ブースト感(増幅感)」を醸し出しているのかも知れません。
しかし、その中低域のパワーを僅かに強調したイメージは決して不愉快なものではなく、音楽の躍動感や生命感を増幅する方向に働きます。
アメリカンV8エンジンのような、太いトルク感(押し出し感)でJazzがそれらしくなりました。
Beethoven Concert Grand
Grace Mahya “Last Live at DUG” から Mona Lisa
GLady GagaではBeethoven Concert Grand(T3G)の情報量(音数)が多く感じましたが、Grace Mahyaでは、それが逆転します。
Beethoven Concert Grand(T3G)で聞くこの曲は、1028BEよりも少しさっぱりしています。アルコールで盛り上がったテンションの高さを感じさせた1028BEに対し、Beethoven Concert Grand(T3G)はややかしこまったクラシックコンサートのムードでモナリザを静かに深く鳴らします。
また1028BEで気になった「電気増幅感」は、Beethoven Concert Grand(T3G)ではまったく感じられず、生音でコンサートを聴いているようです。この印象の違いは、1028BEよりも鋭く早く、そしてやや細く感じられるBeethoven Concert Grand(T3G)の「ツィーター(高音)」の音の違いが影響しているように思われます。
ゴージャスさでは1028BE、自然さではBeethoven
Concert Grand(T3G)に軍配が上がる音でモナリザが鳴りました。
The Music
Grace Mahya “Last Live at DUG” から Mona Lisa
The Musicはこの曲でも、1028BEとBeethoven Concert Grand(T3G)のいいとこ取りの音を出し「格の違い」を見せつけます。
出てくる音は一段と細かく、表情が豊かです。音が消える部分もとても繊細で自然なので、「無音、静寂の間」の意味が伝わります。
帰国子女らしいGrace Mahyaさんの「クッキリした子音の発音」や「ギターの断弦する部分の感覚」がきちんと伝わり、弦を弾く強さも引き立ちまるで違う楽器を聞いているようです。音の違和感も完全に消え、音楽(演奏)にグッと引き込まれます。
S-550iは各スピーカーの違いをとても明確に再現する、良くできたアンプだと思いました。
3つのスピーカーを組み合わせて聞き比べたS-550iの最大の美点は、「身体を包み込むような濃密な音の広がり(立体感)」が実現することだと思います。特にDSDダイレクトで録音されたこのディスクは通常のSACDよりもさらに音が細かく、耳では聞こえないような「雰囲気感」まできっちり収録されているのですが、S-550iは持ち前の素晴らしい音の細かさでスピーカーを選ばず、ディスクに刻み込まれたその場の空気感をきちんと再現しました。特に楽器の音が消えるところでの表情の再現性が素晴らしく、ベーシストが音を消すその瞬間までの音の変化と指使いがとてもリニアに再現されるのには驚かされました。
プリメインアンプがセパレートアンプに比べて苦手とする、低音のリニアリティーや高音の細やかさをKRELL S-550iがきちんと再現できるのは、シンプルな回路に強力な電源を組み合わせたKRELLのお家芸の強力でシンプルな回路ならではと言えるでしょう。先ほど引き合いに出したHEGEL H300もS-550iと同様な構成を採用しますが、KRELLはその優れた回路と構造をすでにデビュー作KSA-100ですべて確立していたものだということを考えると、時代が変わっても、オーディオを機器にとって「良いデザイン」は変わらないのだと確信します。やたら最新を追うのではなく、熟成を重ねることがより良い音への近道です。
Focal 1028BE Hayley Westenra ”Odyssey” から Bridal Ballad
このディスクでもGrace Mahyaで感じたのと同じ、僅かな電気増幅感を覚えます。同時にハープの弦のアタック音(弦の表面が振動する音)が少し丸くなります。これはあくまでもスピーカーとアンプ、あるいはCDプレーヤーとの相性でそうなるのでしょう。しかし、それはほんの僅かなので、多くのリスナーには分からないと思います。
私は生楽器を聞き分けるトレーニングを積んでいるために、普通の人よりも高域に敏感です。多くのオーディイベントで私が耳にする音は、今鳴っている音よりも遙かに「不自然(オーディオ的違和感を覚える)」なことが多いのですが、鳴らしている方(イベンター)も聞いている方(お客様)も、その違和感はあまり気なさっていないように思います。
私が敏感に感じる僅かな高域の丸さを除けば、ヘイリー ウェステンラの声はきめ細かく、柔らかく、彼女特有の魅力に溢れ理想的に美しい声で鳴っています。楽器の音も少し高域が丸いのですが、それが演奏や録音のよけいな「粗」を出さない方向に働くので一般的にはこういう音の方が良いのだと思います。
KRELL S-550iは、一般家庭用プリメインアンプとして良くコントロールされた音でヘイリー・ウェステンラを鳴らしました。
Beethoven Concert Grand
Hayley Westenra ”Odyssey” から Bridal Ballad
スピーカーをBeethoven Concert Grand(T3G)に変えると、音の立ち上がりが僅かに早くなり、1028BEで感じていた違和感が解消します。
すっと音が出て、すっと消える。ただそれだけのことがこれほど美しく感じられるのは、高級オーディならではの素晴らしさなのだと思います。
ヘイリーの声は少し細くなり脂っこさが緩和され、極上の天使の歌声に変わりました。
1028BEで聞くグラマラスで艶のある声も魅力的でしたが、クラシックの声楽家と聞いて想像する「外連味のない美しさ」を感じさせるのは、Beethoven Concert Grand(T3G)です。伴奏のパープの切れ味も向上し、音楽にメリハリと説得力が出ました。
Beethoven Concert Grand(T3G)とS-500i(AIRBOW S11S3 Ultimate)の組み合わせは完全に自然で生音に近く、このディスクをウルトラ・ナチュラルに再生しました。天国で鳴っている音楽とは、きっと今聞いているようなイメージなのでしょう。
The Music
Hayley Westenra ”Odyssey” から Bridal Ballad
この曲が1028BE/Beethoven Concert Grand(T3G)とThe Musicの3倍近い価格差を最も強く感じられます。
中高音のきめ細やかさは、もはや人間の聞き取れる範囲を超えています。低音の深さや低さも圧倒的で、もはやスピーカーの低域再生限界を感じ取れず、生演奏藤堂等の低音が再現されます。まるで目の前でコンサートが行われているような、一切の違和感を覚えない圧倒的に自然な音。スピーカーから出ているとは思えないほど木目細かく色彩が豊かなサウンドは、まさしく生演奏そのものです。
リポートを書くことすら忘れ、ただただ聞き入るような美しく深い音でヘイリー・ウェステンラのボーカルを聞いていると、CDだのSACDだの、ハイレゾだのDSDだの、メーカー技術者やそれに迎合する評論家やマニアの主張など、どうでも良くなりました。
技術だのマテリアルだの本物の音楽を前にすれば、科学技術など薄っぺらいものにしが過ぎません。オーディオをテクニカルに語ることが面倒になり、音を文字に変換できないことがもどかしくなる。そんな素晴らしい音でヘイリー・ウェステンラが鳴りました。
このディスクに録音された音楽を最高級のオーディオ機器で聞いていると、「CD/SACD」、「ハイレゾ/DSD」の違いなど意味がないと分かります。高級機、高価格帯の機器で最も重要なのは目の前にあるディスク(あるいはデーター)から、「どれだけ美しく感動的な音を引き出せるか」が勝負になるからです。
以前、ヨーロッパの最高級オーディオメーカー「Burmester(ブルメスター・ドイツ)」を訪れたとき、その社長が「CD以上のメディアはいらない。SACDはいらない」とわざわざ断言したことを覚えています。なぜなら、彼らの最高モデルのデジタルプレーヤーでは「SACD」が再生できないからです。当時はそれを「負け惜しみ」と思ったものです。しかし、最近のCDプレーヤーの音質改善は著しく、CDの方がSACDよりも音が良いと感じることが少なくなってきました。また、PCの最高音質、DSDやハイレゾは高級プレーヤーで再生するCDの音にまったく及ばないと感じています。だから、何故あれほどPC/ネットワークオーディオでは、「高音質」にこだわるのか分かりません。悪く考えるなら、それらの音が未だに悪いからこそ、さらに良い音を求めるのかも知れません。少なくとも、ハイエンドオーディオの世界では、CDさえあれば十分です。
本当に良い音を聞いたとき、音は言語に変換できなくなり、オーディオのテクニカルなレポートはその意味を完全に失います。それは素晴らしいコンサートを聴いた後、言葉がなくなり感動だけが身体に残るのと同じです。
The Music+S-550i+SA11S3
Ultimateの組み合わせは、まさしくそういう音でこのディスクを奏でました。この音は「絶対的」に素晴らしい音です。
KRELL S-550i 試聴後感想
高級品・高級オーディオを「絶対的に満足できる音」を出せる機器だと定義するなら、AIRBOWのエントリーモデルSingingBox4は、十分高級オーディオです。何の違和感もなく、何の不足感もなく、あらゆる音楽を楽しめるからです。
では、今回の試聴の最後に聞いたThe Music+S-550i+SA11S3 Ultimateの組み合わせはどういう評価をすればよいのでしょう?
男の趣味は「オーディオ」・「カメラ」・「車」と言われます。オーディオをカメラよりもサイズと価格が近い車に例えるなら、普及価格帯のオーディオ機器と高級オーディオの違いは、まさしく実用車と高級車の違いだと思うのです。最も実用的なミニマムトランスポーターとして、現代の軽自動車は本当に良くできています。レクサスの最高級グレードよりも後席は広く、驚くほど大きな荷物が積めます。「実用車」として考えるなら、軽自動車はレクサスよりも遙かに優れています。自動車を「生活の道具」と割り切って選ぶなら、軽自動車もしくはミニバンが最もコストパフォーマンスに優れた賢い選択に違いありません。
その対極にあるのが、二人乗りのスポーツカーです。価格は高く、人は二人しか乗れず、荷物も詰めない。走り味が違うことなど、サーキットを走るのでない限り狭い日本では何の意味もなく、実用性などまったく感じられない二人乗りのスポーツカーは、自動車として軽に劣るのでしょうか?
最近、私は特に強く感じるのです。高級とは、高級感とは、「非日常を演出する力」ではないのだろうかと。
例えばそのデザインを見るだけで、ノブを回すだけで、音を聞かなくても気分が高揚する。下世話な話をするのであれば、その「価格」を知るだけで気分が高揚する。そういう日実用的な製品が、高級品なのだと思います。
試聴を終えた後で、アンプをAIRBOW PM11S3 Ultimateに変えるとS-550iよりもさらに深く、自然で細かい音が出ました。音質を評価するならばS-550iを明らかにPM11S3 Ultimateは超えています。しかし、この高いレベルで比べるのであれば「どちらのアンプを使っても納得できる音が出る」と言う意味では、音質には差がありません。アンプをHEGEL H300に変えても、きっと同じでしょう。
では、何を基準に製品を選べばよいのでしょう?
インテリアの邪魔にならない上品で質感の高いフロントパネル。高級感を演出する中央の銀色のノブ。音調は艶があり明るく、心が軽くなります。ドライブ能力に長けるS-550iはスピーカーの許容範囲が広く、あらゆるプレーヤーとスピーカーにマッチする懐の深さを持っています。ただ、ウルトラ級に自然なAIRBOW PM11S3 Ultimateと比べると確実に「アンプの個性」を感じさせるのも事実です。しかし、その「頑張っている感じ!」を好きになれば、逆にS-550iがとても愛おしくなるはずです。癖があるからこそ、好きにも嫌いにもなれます。その個性にはまると、人は虜になります。
移動する手段としてではなく、趣味としての車に豊富なバリエーションがあるように、オーディオ機器が奏でる「良い音」にも様々な形があって良いと思います。KRELL S-550iを好きになれるかどうか?それはあなた次第ですが、「禁断の惑星」に与えられた「無限の可能性を持つ力」を秘めたKRELLという名にふさわしい製品に仕上がっているように思いました。
2014年4月 逸品館代表 清原裕介
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