高域の緩さ、低域の鈍さ、そういった真空管アンプの悪癖がこのアンプには存在せず、良い意味でトランジスターアンプとの違和感が少ない。音の細やかさもかなりのもので、出来の悪い真空管アンプにありがちな解像度の低さとも全く無縁だ。全般的な音調は、良く言われるラックストーンで統一されている。高域はほのかに甘く、ボーカルにはそれらしい艶がある。真空管アンプらしくテンションはやや緩めだが、それを不快に感じさせない。
初代L570で驚かされた、ラックスマンの甘く艶やかな音作り。その伝統がCL-38uMQ-88uには息づいている。その上で情報量の豊富さ、チューニングの巧みさはL570を大きく凌ぐ。体ごと音楽に預けたくなるような心地よい音。膝枕で眠りに落ちてしまうような、暖かくまろやかな雰囲気。今の時代に求められる「癒し」を感じさせながら、ミュージシャンの表現せんとする部分もしっかりと出してくる。これは、なかなかに高度でねられた音だ。プロトタイプでこのレベルであれば、製品は更に進化するのだろうか?製品版の登場が待ち遠しい。ノラ・ジョーンズを聞いてそう感じさせられた。
先に発売された純A級のプリメインアンプL590AXでは、ラックストーンが薄められ現代的で標準的なサウンドに方向が変えられていた。伝統を切り捨てたのか?と思わせたが、実はこんな隠し球を持っていたとは。最近のラックスマンは、本当に商売(物作り)が上手い。価格はセットで70万円(税別)と決して安くはないが、価格を納得させる「何か」をこのアンプは持っている。
以前のテストリポートでも触れたがクラプトンのこのソフトは「やや緩く」、下手なシステムで聞くと暗く元気がない演奏に聞こえてしまう。真空管アンプでは、その「緩さ」が悪い方向に出てしまわないかという不安が頭をよぎった。しかし、それは杞憂だった。ギターはテンションこそやや緩めだがサスティンが美しく、表現力に富んでいる。ボーカルも優しい感じだが、主張はしっかり出てくる。
音質全般にはある程度緩い感じがあるが、「ある程度」の中で上手くバランスしているので、その緩さがほとんど気にならない。中域の厚みとエネルギー感の強さが、高域のわずかな緩さを補っているようだ。クラプトンの奏でるギターの美しさと、ボーカルの心地よさが耳に残った。
低域の量感がトランジスターアンプよりも少し少ないことを除けば、真空管にまつわる不満をほとんど感じない。いわゆる「かまぼこ形バランス」の中に音楽がまとめられているが、その「かまぼこ形」は、それと指摘されなければほとんどの場合は気づかないほど平坦だ。
ボーカルは魅力的で、発音やニュアンスが明確に聞き取れ感じ取れる。ドラムやベースはわずかに後退するが、タメや乗りを強める方向なので不愉快ではない。シンセサイザーは刺激感は削がれ、芯の強さも感じられないが、速度が遅くなる感覚はない。響きが付加され、ビブラートが心地よい。音が大きく広がり、音場が体を包み込み心地よい。もっとシャープに鳴らしたいという欲望はあるが、こういうマイルドな鳴り方も「あり」だと思える。少なくとも音楽は十分に弾んで、楽しく聞けた。