ここしばらく、ちょっと難しい話が続きました。しかし、それはオーディオからより良い音楽を再現しようと深く考えるときに避けては通れない道ではないかと思うのです。このお話は、菅野沖彦氏の著書である「新、レコード演奏家論」に触発されたのが切っ掛けですが、残念ながら氏の著書では、サラウンドによる音楽鑑賞は蚊帳の外に追いやられたばかりか、サラウンド(マルチチャンネル)やDVDソフト(画像入りの音楽)は、2chとはまったく比較にならないゲテモノ扱いです。私は、「新、レコード演奏家論」の主張には大賛成ですが、サラウンドに対する見識には猛反対です。
世界的にもサラウンド(マルチチャンネル)は、誤解されているようです。音質をなによりも大切にすることで有名な「チェスキー」レーベルのサラウンド録音ディスクには、センタースピーカーの信号が収録されていません。つまり、「チェスキー」のサラウンド録音ディスクは、センター信号のない4chもしくは4.1chで収録されているのです。これは、「チェスキー」がスタジオで大きすぎるセンタースピーカーを使ったため「センタースピーカーの問題」の方が「センタースピーカーを使うメリット」よりも大きかったせいではないかと予想したのですが、「チェスキー」は、やはり大きすぎるセンタースピーカーを使っていたらしい事を後日知りました。センタースピーカーを大きくしすぎると、中央付近の音像定位が著しく阻害され、圧迫感が生じるなど良いことは一つもないからです。しかし、十分に小さいセンタースピーカーを使えば、ステージ中央付近の音像は前後に深く立体的になり、定位が素晴らしく向上します。「チェスキー」が大きすぎるセンタースピーカーを使ったのは、後述するようにスタジオならではの事情があったにせよ、こんなに著名なスタジオですらサラウンドを正しく理解出来ないというのは、大きな問題です。このようにサラウンドに対しては、誤った情報が多すぎるため第一線のプロですら誤解するのが実情です。
モノラルからステレオへの移行はスムーズであったにもかかわらず、サラウンドがピュアオーディオへスムーズに導入されない理由は、いくつか考えられますが私はメーカーの研究不足(怠慢)と志の低さ(良好な音楽再現への意識の低さ)が最大の原因であると考えています。その根拠をいくつか挙げましょう。
著名なオーディオショウやオーディオフェアでピュアオーディオのメーカーがサラウンド(マルチチャンネル)のデモを行う場合、彼らは2chと同じクオリティーのスピーカーとアンプを残り3chに使うことを推奨し、実際にそのような方法でデモを行います。しかし、この方法でデモを行った場合、例えば100万円/chのシステムなら2ch(ステレオ)では200万円のコストで済むのに対し、5ch(サラウンド)では軽く500万円を越えてしまいます。音質比較をデモするなら機器の価格は同じで行うのが当然です。この価格差を車に例えるなら、大衆車と高級乗用車を比較するようなもので、こんな比較には価値がありません。
もし、そのデモを見たピュアオーディオマニアがサラウンドの音質に興味を感じたとしても、現在所有している装置の2倍近い新たな投資を行わなければサラウンドを導入できないと考えるはずです。そうでなくても、ピュアオーディオマニアと言うものは、すでに限界までを2chに投入しているのですから、そこからさらに同一クォリティーの3ch分の投資が出来る余裕があるはずはないのです。こんなデモは、2chピュアイオーディオマニアに対するいじめ以外の何物でもありません。
当然、こんなデモをやらかすメーカーは、ユーザーのこと(特にユーザーの懐のこと)をこれっぽっちも考えられないのですから、マニアの心(人の心)に響くような美しい音(芸術的な音)を出せるはずはありません。なぜなら、オーディオから再生される音楽は、それを奏でる人の心を投影するからです。私は、インターナショナルオーディオショウを始め、各所でこんなデモをさんざん見せられてきましたが、とにかく「腹が立つ」という感情以外は沸いてきませんでした。最近のオーディオメーカーに「思いやりの心」が欠けているのは、あまりにも明らかです。CESでもそのように感じましたが、一般庶民の心情を無視するような、そんな寂しい心でオーディオ製品を作って欲しくありません。
メーカーの提唱する5.1ch同一クォリティーという考えも明らかな間違いです。確かにスタジオでは、5chは同一クォリティーを求められます。もっというなら完全に同じスピーカーとアンプを使ってモニターすることを求められますが、それはレコーディング(オーサリング)を行うために絶対に譲れない事だからです。なぜなら、フロント、センター、リアでスピーカーの種類を換えてしまうと、ネットワークやユニットの構成が変わるため、各チャンネルの「音の癖が明らかに変わってしまう」ため、スタジオでは「絶対に5chは、同一クォリティー」でなければならないのです。
これに対し、実際にサラウンドで興行している「映画館」のシステムは、5.1ch同一ではありません。そうするメリットも理由もないからです。リアスピーカーには小型のスピーカーが使われ、センタースピーカー大型のものがスクリーンの背後に配置されています。サブウーファーは、複数使用されます。このように「映画館」のサラウンドシステムは、スタジオのそれとは、まったく異なっています。しかし、それが「映画館」という再生環境でより良い音場を実現できる最適な方法なのです。スタジオと映画館のどちらが、より家庭でのサラウンド再生目的に近いのか?を考えれば、メーカーの提唱する「5.1ch同一クォリティー」がいかに嘘っぱちで、彼らがいかに不勉強かわかろうというものです。
しかし、メーカーも映画館に似せようとしている所もあります。それは、リアスピーカーの数を増やすことです。5.1chよりも6.1ch、6.1chよりも7.1chの方が音が良いとメーカーは説明しています。これも全くの嘘です。やってみればわかりますが、8-10畳程度の部屋であれば7.1chよりも5.1chの方が透明度が高く、音の広がりや動きも明瞭に出せるはずです。10畳より大きな部屋では5.1chよりも6.1chの方が音は良くなります。信じられないようならリアをフロントに置き換えて、次のように考えてください。フロントにセンタースピーカーを2本おきますか?センタースピーカーを大きくすると音が良くなりましたか?大きすぎるセンタースピーカーやユニットの数が多いセンタースピーカーが音場を濁らせるようにリアスピーカーも数を増やしたり、大きくしすぎることは百害あって一利もありません。愚の骨頂です。では、なぜこんな誤った「5.1ch同一クォリティー」や「多チャンネル=高音質信仰」をメーカーが掲げるのでしょうか?答えは一つ「売り上げを一円でも多くしたいから」、「ユーザーの財布から一円でも多く搾り取りたいから」です。そこには、ユーザーのメリットは完全に不在でメーカーの利益への論理しか存在しません。当然、メディアもそれに載っかって商売しています。評論家も同罪です。騙されてはいけません。
メーカーが推奨するサラウンドのスピーカーセッティングにも大きな間違い(勘違い)があります。「リアスピーカーをリスナーより前方に設置しても効果がある」という衝撃的な事実をご存じでしょうか?リアスピーカーと名付けられているからには、リスナーよりも必ず後になければならないと考えるのが当たり前です。しかし、リアスピーカーはリスナーよりも前でも場所を上手く設置できれば、無いよりは遙かに大きな音の広がりをもたらせるのです。フロントに2chしかないピュアオーディオでも、時として後ろ側から音が聞こえるように錯覚するのと同じ理屈ですが、それをもう少し拡大解釈するとリアスピーカーが前にあっても効果を発揮する理由がわかるはずです。(この効果をさらに発展させ、実用化したのがYAMAHAのYSP-1100などのフロントサラウンドシステムです)とにかく、メーカーの提唱するように杓子定規に考えなくても、もっとラフにスピーカーを設置してもポイントさえきちんと押さえておけば、サラウンドは非常に有効な「音質向上=現実的音楽再現」の手助けとなるのです。
メーカーがサラウンドに対し、きちんと理解を深めないまま普及(金儲けだけ)をもくろみ、またその後の勉強不足もあったため「正しいサラウンドの情報」を持っているメーカーと販売店が皆無であるというのも普及を妨げる非常に大きな理由となっています。
AVアンプ、スピーカー系のメーカー(BOSEなど)行うサラウンドのデモ音質があまりにも貧弱なことも忘れてはいけません。ピュアオーディオ系のメーカーが行うデモは、たいていシステム総額が500万円を越えるのに対し、同会場で行われるBOSEなどのデモに使用される機材は総額で10-30万円程度と格差が大きすぎ、音質があまりにも違いすぎるのです。これでは、ピュアオーディオマニアがサラウンドを検討する参考にならないばかりか、サラウンド嫌いを起こさせる効果の方が高いでしょう。YANAHAやPIONEERが行うデモは、その中間になりますが、この場合にもピュアオーディオの音質と比べてクオリティーが低すぎたため「サラウンドは音が悪い」、「マルチチャンネルは高い」という誤解を招いてしまったと考えています。
サラウンドのみならず、「家電製品を製造しているメーカーがオーディオを生産する」あるいは「オーディオメーカーが肥大化する」と良い商品を作れなくなるという点に関しては「新、レコード演奏家論」の主張にほぼ100%同意できます。(ただし、日本の特定メーカーを褒めている点は、リップサービスかも知れませんが同意しかねます)
とにかく、もし「原音忠実再生=収録された音楽会の完璧な再現」を目差していらしゃるなら、有無をいわせない「音楽会の真実」を再現したいとお考えなら、2chよりもサラウンドの方が遙かに音質も臨場感も再現精度も高いということは、声を大きくしてお伝えしておきたいと思います。そしてさらに嬉しいことは、装置の総額が同じ(予算が同じ)なら、2chよりも圧倒的にサラウンドの方が音質が良く多用途なシステムが手にはいるということなのです。例えば、5万円(1本)のスピーカーを5chに使って聞く音(スピーカーの総額5*5=25万円)は、12.5万円(1本)のスピーカーを2chに使って聞く音(スピーカーの総額は、12.5*2=25万円でかわらない)よりも、遙かにクォリティーが高いのです。
それ以外にも私が確認した(逸品館だけが鳴らせると思われる)サラウンドの素晴らしさは、「安くていい音が実現できる」という事だけではありません。さらに「再生環境を選ばない=変形リビングなどでも理想的な音場再現が可能」、「セッティングが簡単=部屋の音響に大きく左右される2chよりも遙かにセッティングが易しい」、「装置が小さく分割できる=小型スピーカー5本とサブウーファーのセットで十分良い音が出る」などなど、2chにはなかった長所が沢山あるのです。あなたが「音楽ファン」で「簡単により良い音で音楽を楽しみたい」、「自宅でコンサートの感動を再現したい」とお考えなら、今すぐサラウンドを検討すべきです。
信じられない?
では、逸品館にお越し下さい。逸品館のサラウンド体験前後では、物事の見方が180度変わってしまうかも知れませんから。 |