先週は、クリプシュの新型スピーカーの試聴を行いました。 (試聴記事はこちら)
スピーカーの試聴を行うときに使用するソフトは、いつも良く聞いているお気に入りのソフトを事前にリファレンスとなるシステムで聴いておきます。そしてテスト対象のスピーカーの個性をより明確に把握するため、事前に聞き込んだソフトを使って既設のスピーカーと聞き比べを行います。聞き慣れたソフトを使えば、テスト対象とするスピーカーの基本的な性格は、音を出し始めてものの10秒も聞けばほぼ完全に把握できます。
その段階ですでにスピーカーの性格の80%近くを把握できると感じるのですが、お薦めしようと思う製品には、念を入れて音楽性の確実な判断にために一日〜数日間、多くのソフトをアンプやプレーヤーを変えて聞き込むことにしています。スピーカーの音質なら一瞬で判断できる自信がありますが、ではなぜ、あえてそんな長時間のテストを行うのでしょう?
試聴テストの時に注意しなければいけないのが「人間の耳の癖」です。スピーカーを切り替えた瞬間は、直前に聞いていたスピーカーに対して「耳が慣れている」ので切り替えたスピーカーの音を正しく聞き取れないのです。公平に比較しているつもりでも、事前に聞いていた音の影響が避けられないのです。ひどく騒々しい車に乗った後では、普段騒々しいと感じている車が静かに感じられてしまうのと同じです。
人間の耳には、「自動調整機構」が備わっています。例えば、図書館のような静かな環境では「耳の感度」は最大となり、小さな音まで聞き分けることが出来ますが、駅のホームなどの騒々しい環境では「耳の感度」は、絞られて小さな音は聞き取れません。これは、聴覚が「自動音量調整機能」に似た働きを持っているからです。音の大きさだけなら、明るいところから暗いところに移動すると「目が慣れる」までものが見えないのと似ていますが、耳の自動調整機構はもっと複雑です。音量、周波数、音の位相などをかなり短い時間で判断し「必要な音を聞き取りやすい」ように耳は、そのイコライザーを調整します。これが私の言う「耳が慣れた」状態です。この状態で癖の違うスピーカーに切り替えると、そのスピーカーの異質な部分だけがとても耳に付いてしまいます。QUADのように「箱」の無いスピーカーを聞いた直後では、ダイナミック型スピーカーは「箱の鳴きがとても大きく」感じられてしまいますが、これも「耳の慣れ」の影響です。
この聴覚の「自動調整機構(音響イコライザー)」は、聴覚のハードウェアーではなく脳にソフトウェアーとして組み込まれています。人間の脳は、各部分が独立しているのではなく相互に繋がりを持っていますから、「自動調整機構(音響イコライザー)」も脳の他の部分の影響を避けられません。例えば感情や記憶など、いわゆるその日の体調ともいえる非常に限定的でパーソナルな脳の状態の影響を強く受けています。これが、同じオーディオシステムの音が日によって音が違って聞こえる事に対する、人間側(感覚)からの合理的な説明の一つとなります。
この脳の影響で最も注意しないといけないのが「記憶」です。例えばドラマの同じシーンを繰り返してみていると最初見えなかった「細かい部分」までハッキリ見えてくるように、同じ音楽を繰り返して聞いていると、まったく音が変わっていなくても「1度目よりも2度目、2度目よりも3度目」が「記憶で音が補完/強化されて」良い音に聞こえるのです。
記憶の次に大きく影響するのが「思いこみ」でしょう(マニアが最も引っかかるポイントです)。この影響を避けるため、私はテスト前に製品の価格やデーターを決してみないようにしています。まず、テストをして「自分なりの評価=幾らぐらいなら売って良いか?」を決めてから、カタログなどの資料を見ます。そして、自分が思った価格よりもその製品が安いと感じられた場合にお薦め商品としているのです。
人間は邪念が多く、心をフラットな状態(白紙の状態)に保つように心がけて、人間測定器となるのは、かなりの訓練が必要です。店頭でスピーカーやアンプ、CDなどの機器の聞き比べを行うときには、くれぐれも「自分の耳」が「脳(事前情報による思いこみ)」に騙されないようにご注意下さい。