以前にもお話ししましたが、この仕事をしていると「人の動き」を肌で感じることがあります。街に活気がある日と、そうでない日。活気がある時間と、そうでない時間。それらがとても明確に感じられるのです。
給料やボーナスの翌日、あるいは特別な製品が発売された、など「明確な理由」があってお店が混み合うのは分かるのですが、何の前触れもなく突然堰を切ったように忙しくなることが度々あります。例えは適切でないかも知れませんが、海洋生物が潮の満ち干にピタリと合わせて行動を変えるように、お客様が申し合わせでもしているかのように、お店が満員になり、なぜか電話もジャンジャンかかるのです。こんな風にある時間を区切りに、ご来店とお電話が多くなり、途切れたりするのです。
限定された地域では天候の影響も考えられるのですが、通信販売を通じてそれが「全国的」なタイミングだと「そうでない」事がわかります。本当に不思議ですが、人間と自然環境には切り離せない深い繋がりがあるとしか思えない現象です。
さて、今回のメルマガの本題に入ります。携帯電話やインターネットなどの通信網が急速に発達したために、最近は仕事に猛烈なスピードが求められるようになっています。息つく暇もなく仕事をどんどん処理してゆかなければ、求められる情報のスピードに追いつかないのです。それは日本だけではなく、特にアジアで強い傾向のように思います。
この「忙しい傾向」が仕事に関してだけならあきらめるのですが、日常生活にまでその影響が及んだり、まして趣味の世界ですら「ゆとりがもてなくなる」のは、人間そのもののあり方にも関わる大きな問題だと思います。
私たちの一生は長くても70-80年と非常に短く、そして長いものです。その期間中「どれだけ生きている実感を持てたか?」それが、人生の実りです。しかし、あまりにも速いスピードですべてが流れ去ってしまうと「物事を経験した実感」が伴いません。例えば速い汽車に乗って窓から景色を眺めるよりも、各駅停車に乗ってゆっくりと時間をかけて旅をする方が「旅の味わい」はより深まります。いろんな事を一度に経験しなくても、ゆっくり経験することで「思い出」も深くなるのです。ゆったりとした船旅や寝台列車の旅行が「贅沢」とされるのは、「あえて無理に時間を使わない(時間の流れが緩やか)」故でしょう。
そういう「無駄を楽しむ」という行為を「金持ちの道楽」と言ってしまえばそれまでですが、お金をかけなくても「時間を楽しむ」ことはいくらでもできます。時間を楽しむために重要なことは「焦らないこと」、「イライラしないこと」です。せめて趣味の時間くらいは、日常の喧騒を忘れて過ごしたいものです。
話はオーディオに変わります。TAD-M600の試聴を皮切りに、これまでで最も速いスピードで書いてきた「新製品のリポート」もようやく一段落しそうです。その最後に登場してきたのが、「LS-3/5a 復刻モデル」です。UBS接続によるパソコンなど始めとする、最先端のサウンドばかり聞いていたので、余計にそう思うのかも知れないのですが、LS-3/5aの適度な「緩さ」に心が癒されます。
専用のスタンドを使って、適当に設置しているだけなのですが、まるでずっと前からそこにあったような、時間をかけてセットアップしたような音が最初から出ます。小さなスピーカーなので低音がそれほど出せる訳ではないのですが、不思議と低音不足を感じません。高域も適度にマイルドで、音楽を聞くための絶妙なそのバランスには唸らされるばかりです。ただし、ネットは外してはいけません。絶妙のバランスが損なわれ、普通のスピーカーになってしまいます。
この「LS-3/5a 復刻モデル」の正式名称は、Stirling
Broadcast LS-3/5aと言うのですが、このスピーカーには上位モデルとしてLimited/Editionも用意されています。聞き比べると、Limiteddの方が音がハッキリとして「やや現代的」に仕上げられているようです。音がハッキリした分、音源との距離が近づきHiFiなイメージが強くなりますが、それはそれで魅力的です。
http://yst.jp/products/stirling/
LS-3/5aの復刻モデル、Stirling LS3/5aV2の音質はオリジナルとほとんど変わらない印象を受けます。まだ「おろしたて」なので若干音が「硬い」ですが、鳴らし込むことでさらにマイルドになり、オリジナルモデルとほとんど変わらない音になりそうです。最近では少なくなった「音楽」を聞かせる「味わい深い」スピーカーでとても気に入りました。価格も20万円強(ペア)とLS-3/5aの最終国内売価とほとんど変わりません。
http://www.ippinkan.com/SP/audio_space.htm#35A
このスピーカーを聞いていて感じたのは「思い出す」ということです。逸品館がまだこれほど大きくなる前、AIRBOWが生まれる切っ掛けとなったオリジナル真空管アンプ「玲」を作っていた時、使っていたのがオリジナルのLS-3/5aです。その「当時の記憶」がまざまざと蘇ります。シェリー・マンのドラムとビル・エバンスのピアノで奏でられた憂いを秘めた「ダニー・ボーイ」、ホリーコールのデビューアルバムなど当時聴いていた曲が「その時代の記憶と共に」鮮やかに脳裏に蘇ります。
今回組み合わせたアンプとCDプレーヤーは当時の「玲」ではなく、最新モデルのSA15S2/Master、PM15S2/Masterですが、この製品も「原点回帰」を狙った音質に仕上げているので、LS-3/5aとの組合せがちょうど良かったのでしょう。オーディオ冥利に尽きる「音」で音楽を聞かせてます。その音からは「忘れかけていたもの」、「忘れてはならないもの」が聞こえてきました。なぜ、こんなにもオーディオに嵌ってしまうのか?その答えが「その音」から聞こえてきました。
人生は、輝いた思い出の数だけ豊かになります。それを過去だけではなく、今にも、そして未来にも求めることができるのです。この命が続く限り。
なんだかちょっとセンチメンタルになってしまいましたが、時を同じくして逸品館女子社員の「ちかちゃん」が感動的なブログを書いてくれました。彼女は音楽ではなく「オバマ大統領の演説」を3号館のシステムで聴き「忘れられない思い出」が一つ増えたようです。
http://blog.ippinkan.com/archives/20091210100602
こんなことを実現できる、オーディオって素晴らしいですね!