前回のメルマガで「マグロ」と「冷蔵」の関係について書いてみましたが、もう少し魚の話を続けましょう。
実は「新鮮な刺身が旨い」というのは、かなりの誤解です。マグロも例外ではないと思いますが、食肉の多くは熟成させる事で旨みが増します。それは食肉中のタンパク質が旨み成分のアミノ酸に分解されて旨みが出るまである程度の時間がかかるからです。
私たちが日頃食べている魚介類で取り立てが美味しい魚介類は、実は少数派です。私の知る範囲で貝類は、ほとんどが新鮮なほど美味しいものが多いと思います。海老も鮮度が高い方が美味しいと思いますがイカは微妙です。剣先イカ、ヤリイカなど身の薄いイカは鮮度が高くても美味しく頂けますが、アオリイカのように身の厚いイカは取り立ては大型魚と同じようにやはり身が固すぎて、一晩寝かしたり一度冷凍したりする方が熟成されて美味しく頂けます。
魚では鯵や鯖、鰯などもともと身が柔らかく、鮮度の落ちやすい「赤身魚」の多くは、早く食べる方が美味しいようですが、カンパチ、ブリ、ヒラマサなどの大型の青物は鮮度が高い間は身が固すぎて(マグロと同じですね)歯ごたえはありますが美味しくありません。やはり一晩寝かすと適度に熟成され身が柔らかくなって旨みも増します。白身魚のほとんどは、熟成しないと旨みが出にくいように思います。
話は変わりますが、生け簀などに放された生きた魚をその場で調理して食べる日本の食文化に「活け作り」があります。多くの外国人から見れば「なんて残酷な!」と感じる習慣だそうですが、新鮮な方が旨い魚介類はともかく鯛やヒラメの活け作りなど、実際には折角の美味しい魚を「旨くなる前」に食べるようなものなのです。あれは「おいしさ」を求めているのではなく、あくまでも「パフォーマンス」なので騙されないようにしてください。
こんな風に今では熟成が重要だと知った私も、以前はお造りは新鮮なほど上手いものと思っていましたし、当然「活け造り」は贅沢の極みだと勘違いしていました。しかし、料理に詳しい人から「熟成」の話を聞き、自分で釣り上げた「黒鯛」と「イサキ」そして「マダイ」をその日、次の日、翌々日と自分自身で食べ比べた結果「最適な熟成期間(時間)」があることを知ったのです。さらにこの「熟成に必要な時間」は、魚の種類や獲れた時期(脂が多い少ない)でも変わりますし、当然「肉の部位」でも違うことも知りました。
また「魚の味(旨み)」を引き出すための脇役、「醤油の味」にも注意が必要です。味が濃く脂の乗った魚には、濃い醤油。繊細な味わいを持つ白身には、薄めの醤油を合わせると旨みが引き立ちます。寿司や刺身で何気なく食べている「お造り」ですが、それを最高の味で食べるためには、素材の選択(肉の部位)と適切な熟成(出すタイミング)と合わせる醤油の味など、長年の経験が必要だったのです。
関西圏では「割烹料理」が最も高級とされますが、素材の選別、熟成、調理に至る過程の奥の深さを知ると、それに比べて「お寿司」なんて(失礼!)ファーストフードにしか思えません。もちろん、高級なお寿司屋では魚の熟成もお客様に合わせた味加減なども行われています。しかし、割烹ではそんなことはまだまだ序の口です。野菜、出汁の取り方、火加減など、その底知れない割烹料理の深さを知れば、それがレベルの高い「芸術」だと分かります。寿司は「割烹」の一部でしかありません。一貫何千円もするようなマグロのトロ。量産可能なファーストフードが果たしてその代価に値するのか?割烹料理が一番と考える私は(異論もあると思いますがお許し下さい)、時々疑問に感じます。
たまにしか食べられない高級料理の話は横に置くとして、新鮮な鯵や鰯、サンマなど安くて美味い大衆魚がなくなると本当に困ってしまいます。「安くて美味いそれが大阪!」の食文化には、安くて旨い食材が欠かせませんから!鯵や鯖、サンマだって立派に日本の食文化の主役を努めているんです。