唐突な話ですが、私は個人的に音楽を「ジャンル分け」することを好みません。なぜなら、ジャンルという「ラベル」を付けることで、音楽に境界が生まれるからです。人間の心模様にジャンルが付けられないように、それを表現する音楽に「ジャンル」は付けられないからです。
このような理由から、私はジャンルにかかわらず音楽を聞きます。好きな音楽、記憶に残る音楽の多くは「メッセージ性の強いもの」が多いようです。ジャニス・ジョップリンの遺作「ベンツが欲しい」は、彼女の曲で一番強く記憶に残っていますが、それが「彼女が亡くなる3日前に録音された曲」だと後で知りました。リパッティーのブザンソン告別コンサートのライブアルバムもそうでした。まだクラシックの良さに気付けていない、今から25年以上も前に最初は演奏者が誰かも知らずに「リパッティー」を聞いていました。年配の友人に「クラシックはよく分からないけど、この曲が好きだ」と話した時に、それが「リパッティーのブザンソン告別リサイタルのアルバム」だと始めて知ったのです。
ジャニスは「Rock」、リパッティーは「Classic」。ジャンル分けすればまったく接点がなさそうに感じられる二つのアルバム、楽曲ですがそれは「遺言」と言う意味では同じだったのです。自分の人生の終わりを知り、すべての感情を込めた音楽。それは、決して壮絶なものではなく、私には「非常に静かな音楽」に聞こえます。心が洗われるような、美しい音。心に力がみなぎるような、暖かいエナジー。二つのアルバムから、それを強く感じました。私に力を与えてくれるという意味でも、この二つのアルバムは私には「同じジャンル」に分類できます。
「人の心」は、年齢や国籍、性別が変わっても変わることがありません。エゴを超越した心境、あるいはエゴが極まった心境、心の行き着く先を表現した音楽には、それだけが持つ「美しさ」が感じ取れます。木曜日に、何気なく見た「主人公は僕だった」という映画が面白いと思いました。
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繰り返す日常、自分で決めたルールに従う「楽」な毎日。それを逸脱することで、本当の人生が始まる。要約すると、そんな内容でしょうか?
人が人に伝えたいこと。
そのために作られる音楽や映画、芸術に「ジャンル」は必要ありません。受け止めたいのは「思いの強さ」です。すべてのアートは、価格ではなく重いの強さでその価値が決まります。そして、その価値は人によって様々です。あなたのこことを打つ音楽、打てる音を出せるオーディオが、あなたにとって最も価値ある装置です。