季候は一気に秋らしくなり大阪市内でも朝晩は肌寒いほどです。
逸品館設立から四半世紀が経過しました。ハイエンドオーディオの凋落が騒がれて随分久しくなりますが、依然緩やかに衰退を続けています。そんな中で私が一番強く感じるのは「聞くべき音楽がない」ことです。
私が最も良いと感じるクラシックやJAZZのソフトは、1960年〜1980年代に録音された物が多く、最新のコンテンツは当時のものほど興味がありません。J-POPも似たような感じですが、音源の「デジタル=CD」化けから音楽文化の凋落が始まったように思います。
その最大の原因は「編集」です。音楽(録音)の編集を映画に例えるなら「実写」と「CG」です。映像のCG化は表現の世界を広げましたが、その「深さ」を損ないました。音楽もデジタル編集や加工によって表現は広がりましたが、映画と同じく「深さ」が損なわれました。
CGやデジタル編集で作り出される「仮想現実/仮想音学」は、真実の深みを持たない「嘘」でしかありません。中途半端な嘘を描くくらいなら、いっそそれを省く方が作品は深まります。しかし、溢れるほどのデジタルコピー情報で民衆を愚民化して、思うように操ろうとする支配者階級(大企業や政府)はコストのかからない簡単で浅いものを「よりよいもの」に見せかけます。生活のために彼らに心を売ったマスコミが垂れ流す下らない情報は、吐き出して下さい。
物事を正確に写し取れる「高い写実」の技術を持ちながら、なぜ多くの画家が晩年に「抽象画」を描くのでしょう?それは、あえて「現実に迫らない」ことが「より表現を深くする」ことを経験で知ったからです。
CGよりも実写、デジタル映像よりもフィルム映像、フルカラーよりもモノクロ。伝えようとする情報を単純化すればするほど、情報は「深く」そして「美しく」変わります。
計算された簡略化によって高度に完成された芸術が日本にはあります。それが「俳句」や「短歌」です。高度な教育を受けなくても、定められた簡単なルールを守るだけで実に簡単に複雑な心情を表現できる素晴らしい芸術。江戸の遙か以前編纂された「万葉集」を読めば、その素晴らしさは明かです。たった数行の文字がこれほどまでに心を振るわせ、躍動させてくれる芸術を私は他に知りません。
時間をかけて最新の技術や情報を好奇心の向くままに、取り込むのは楽しいかも知れません。デジタルの発達は、それを容易にしましたが、「考える時間の深さ」を奪いました。
私達が触れてきた「本物のオーディオ」。その栄華と衰退を経験している「ハイエンドオーディオ」。その本当の素晴らしさは、軽薄な最新技術や生活に堕落した解説とはほど遠いところにあります。
「音楽」そして「オーディオ」の素晴らしさを皆さまと再確認するために、今年のハイエンドショウは最高に美しい音で、身体の震えが止まらないほど感動的な「音楽」を奏でたいと考えています。恒例のハイエンドショウがいよいよ後3週間と迫りました。皆さまのご来場を心よりお待ち申し上げております。
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