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1980年に"KRELL/クレル”を創業し、以来30年に亘ってハイエンド・オーディオアンプの開発に携わってきたDan D'Agostinoが、自らの名を冠するブランドとして2009年に設立した"Dan D'Agostino"は、2010年から本格的な活動を開始しました。
その"“Dan
D'Agostino"から発売される最初のモデルが、"MOMENTUM"と称するモノブロックのパワーアンプです。その設計に長年の経験から得られた多くのノウハウに加え、さらに注目に値する多くの斬新なアイデアが盛り込まれています。
今回はラインナップの中からステレオパワーアンプ"Momentum
Stereo"を日本輸入代理店のAXISSより拝借して、その音を聞くことができました。
音質テスト
音質試聴
私は10年前にAIRBOWブランドを興したとき、世界最高の音質を実現しようと情熱を傾けました。あらゆるメーカーのアンプを聞き、可能であれば中身を調べました。様々な回路やパーツをテストし、理想の高音質を追求して生まれたのが、NEC(Authentic)A-10XXをベースにあらゆるパーツを見直したAIRBOW TYPE-1です。下の写真は、アンプ音質の決め手の一つとなる「ボリューム」を徹底的に選んだ証拠です。
TYPE-1の音質に満足しましたが、その開発から「オーディオアンプは1970年頃からまったく進歩していない」という結論に達しました。そして旧来のアンプと決別し、生まれたのがAIRBOW Tera/Luna/Little Planetです。従来のアンプを超える音質を実現するために最新技術を駆使して開発した、オーディオ用インバータ電源と信号経路最短の集積回路による増幅回路は、現在もオーディオの最新技術です。つまり、高級オーディオ聞きに使われるアナログ回路は現在も1970年頃からまったく、進歩していないのです。「進歩していない回路」と「進歩していないパーツ」を組み合わせた結果生まれるのは、「進歩していない音」です。
高級時計のように美しい仕上がりを持つ"Momentum Stereo"の音質を公平にテストするため、「色づけのない音量調節器」を使うことにしました。それは、増幅回路を持たない「アッテネーター」です。
まず、アッテネーターとしてPAFのフェーダーを使いましたが、やはり音が少し金属的で硬かったため、デボンのアッテネーターを使った自作品に変えました。
ウォームアップなしに出てきた音は、「実に美味しい音」でした。低音がガンガン出るわけでもありませんし、高音がキーンと伸びるわけでもありません。マグロのトロのように「油の濃い味」を感じる、かまぼこ形のいわゆる「ウェルバランス」のサウンドです。外観から、もっとワイドレンジでHiFiな音を想像していましたが、その妄想は見事に裏切られました。
AIRBOW SA11S3 UltimateにPCを繋いで、まる2日間様々な音楽をシャッフルして聞きました。その間アッテネーターをプリアンプに変えたり、電源ケーブルを変えたり、インターコネクトケーブルを変えたり、様々な音質改善を試みました。その結果として感じたことを誤解を恐れずに言うなら、Momentumは高性能アンプではなく外観とサイズを除けば1970年代の技術で作れたアンプだと思います。そこから出てくる音は、他の高級オーディオアンプと同じように1970年代からの進歩を感じられません。
では1970年頃の技術は時代遅れなのでしょうか?それは違うと思います。ビンテッジオーディオ機器の音質が現代も通用するのは、ある意味でそれを裏付けています。オーディオアンプを時計に例えましょう。ゼンマイ式の機械時計の時代に彗星のように登場した「水晶時計/クォーツ」は、それまでの常識を覆す「精度」とあり得ないほど安い「価格」を備えていました。登場した頃は、それまでになかった「デジタル表示」と共に未来の技術として持てはやされました。クォーツ式の高級時計も各社から発売されていました。しかし、現在の高級時計で「クォーツ」を採用しているものは「少数」で、高級時計はゼンマイ式機械時計に戻りました。時計の世界では、デジタルはアナログに替われなかったのです。
オーディオは少し違います。CDの登場でレコードは消えました。ネットワーク配信の登場でCDさえ消えつつあります。しかし、それはオーディオプレーヤーの世界だけのお話です。デジタル技術が大きく進歩を遂げた現在、考えられるスピーカーの理想形はデジタルアンプを内蔵したパワード型です。その理想を追求したメリディアンは、デジタルアンプ内蔵スピーカーを商品化しました。しかし、それは売れることはありませんでした。スピーカーの世界では、「アナログ」は「デジタル」に勝ったのです。ユニットの材料などマテリアルや設計技術は進歩しデザインも変わりましたが、依然スピーカーは30年前と同じ基本技術で作られます。アンプはどうでしょう?当初、技術的な目新しさから高級高額アンプに搭載された「デジタル増複回路」は、高級アンプすべてに広がってはいません。それどころか、他の世界ではとうの昔に絶滅した「真空管増幅回路」すらまだ生き残っている状態です。
それは何故でしょう?
時計がそうであるように高級品、高級オーディオの世界では、「性能」よりも「雰囲気/趣味性」がより重要視されているからではないでしょうか。無機質に時を刻むデジタル表示よりも、スムースに流れる時間の雰囲気をより強く表しているアナログ表示が高級品には相応しく、電気的に時間を刻むクォーツよりもゼンマイと歯車が時間を刻む、機械式の方がムードがあるからではないでしょうか?そういう「他にはない雰囲気」を、私達は高級時計に求めているのです。
Momentum Stereoは、Dan D'agostinoが作り出した「作品」だと思います。彼が長年培ってきた「オーディオ機器としてのアンプのあり方」、彼が作り出してきた"KRELLの音"を現代の技術で再現したのがMomentumだと思います。小さいサイズに凝縮された重さ、宝石のような回路を内蔵している予感さえ感じさせる時計を模した美しいパワーメーター、それらがバランスして生み出される精密機械を想像させるパワーアンプ。それが彼と彼の顧客が現代に理想とする、アンプの一つのデザインなのだと思います。
彼の理想とあなたの理想がマッチするなら、Momentumはあなたの期待を決して裏切らないと思います。その音は帯域や性能を欲張ったものではなく、音楽を「芳醇」に聞かせてくれる類のものです。他方、私がこのページの最初に書いたように「性能」をより強くオーディオアンプに求められるなら、AXISS扱い製品では「FM Acoustics」あるいは、私がそうしたように各メーカーの高級機を実際に分解して調べ、現時点で入手できる最高のパーツと最高の技術を駆使して生み出された Digital Domain "B1a"をお薦めします。また、Momentumの弱点である「外観の耐久性の低さ(コーティングが非常に剥がれやすい)」などを嫌い、より完璧な工業製品性能をアンプに求められるのであれば、ドイツメイドのBurmesterがお薦めです。
お客様がオーディオ製品に求められる、"Some Thing"は千差万別。特に高級機では、それがより狭義的になるでしょう。デザインや音質、あるいはブランドとしての思想。今回あえて音質について深く言及しないのは、それは「Momentumを実際に見て、それを聴いて判断すべき」と思うからです。
再び誤解を恐れず言うなら、高価なオーディオ機器の価格と音質は比例しません。しかし、音質と味わいも、また比例することがありません。趣味性の高いオーディオシステムだからこそ、あなたにとっての"Best One"は、実際に製品に触れて決めて欲しいと思うのです。
2013年1月 逸品館代表 清原 裕介
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