今回テストするPass Laboratoryのフラッグシップは、オーディオ界で有数のサーキット・デザイナー、ネルソン・パスが設計した製品だ。Thresholdで「「STASIS(ステイシス)回路」」を生み出したネルソン・パスは、その後も活躍を続け現在に至る。この息の長い活動が、彼の実力を裏付ける。さて、それほど素晴らしいデザイナーの最新・最高の作品は果たしてどんな世界を見せてくれるのか?期待に胸を躍らせながら試聴を開始した。
まず、ウォーミングアップのため休日前の閉店度にアンプをセットし、72時間以上音を出してから試聴を開始した。
チョイスしたCDプレーヤーはAIRBOW UX1SE/LIMITED。それにAntelope
audio OCXを繋いで万全の体制で試聴に臨んだ。
アンプやスピーカーの性能を把握するのに適しているソフトとして私は「タイタニック・サウンド・トラック」を好んで使う。このソフトは録音が良く、また「電子楽器」と「アコースティック楽器」が適度にブレンドされ、様々な角度からの音質チェックが可能となるからだ。
音が出たときの印象は、「思ったよりも普通」。これだけ高価でこれだけ巨大なアンプだから、先日テストしたHEGELよりも遙かに「すごい音」が出るだろうと身構えたのだが、その想像は軽く躱されてしまった。
良い意味でこのアンプは突出した部分が感じられない。底力は感じられるが、実際に湧き出るようなパワーを感じることはない。それでもじっくりと時間をかけて聞いていると、低音の押し出し感、高音の歪み感などが、音量に関わりなく「一定」であることに気づく。
ウルトラハイパワーなエンジンを「アイドリング」で回しているようなイメージ。つまり、この大きなアンプは「力持ちの黒子」に徹しているのだ。控え目で存在を主張しない。しかし、確実に仕事を粛々とこなす。乗ったことはないが、たぶんロールスロイスのような超高級車のフィーリングと似ているのではないだろうか?小音量から大音量へと一気に上り詰める楽節でも、揺らぎや何かの変動は全く感じられない。非常にリニアに音量だけが変化する。だから、安心して体をゆだねるように音楽に浸ることができる。強大な見えない何かに包まれているような、そういう壮大なイメージでタイタニックが聞けた。
エリック・クラプトンを聞いた印象も、タイタニックとほとんど変わらない。高域の切れ味はほどほどで、低域の押し出し感もそれほどではなかったからだ。
前回テストしたHEGELは私を「興奮させる何か」を持っていた。HEGELを「動」に例えるなら、PASSは「静」だと思う。音がそれほどハッキリしているわけでもない。印象もややあやふやだ。だから、個人的には少し「物足りない」感じがする。しかし、曲が進むとその印象は少し変わる。
曲が変わり、楽器が変わり、テンポが変わっても、やはりその「リニア」な印象は変わらない。変化のスケールはそれほど大きくはないが、スケーリングはリニアで粛々と与えられた仕事をこなしている感じだ。
「良さ」を求めるのではなく「欠点を出さない」そういう印象が強い。同じネルソン・パスが作った製品でも「First
Watt」は、もっと若々しい印象だから、「作り分け」がなされているのだろか。静かに深い雰囲気でクラプトンが聞けた。
このソフトを演奏して分かるのは、このアンプが「電気的な音」を出すと言うことだ。バイオリンは上手く鳴っているが、生の雰囲気とは異質でピアの音も生で聴くような「鮮やかさ」が感じられない。薄いベールに包まれたような、少し靄がかかった空間で演奏が行われているようなイメージだ。しかし、それでも音の変化は非常に良くチューニングされリニアなので、「嫌な感じ」は全くない。それに比べ出力は遙かに小さいが、First
Wattはもう少し生演奏に近いイメージでこのソフトを鳴らす。
個人的にはソフトを正しく聞くには「生演奏と同じ音量にするべき」だと考える。だからある意味でFirst
Wattが、このソフトにはXP-20/XA200.5よりも適している。音量が違えば、演奏の音が正しく伝わらないことがある。しかし、それをオーディオに求めるのは正しいのだろうか?どれほど求めてもオーディオは生演奏と同じにはならない、それを求めるなら生演奏を聴けばよいはずだ。
オーディオの面白さは「拡大や縮小」が出来ることにある。スピーカーになるが、Rogers
LS-3/5aはまるで盆栽のように精密なミニチュアサイズで交響曲を見事に鳴らす。それに対しMcintoshのスピーカーは、それを数倍の大きさに拡大して鳴らす。前者はイギリス製で後者はアメリカ製だが、たぶんそれは住宅を含めた「環境」に合わせて進化した結果だろう。そういう観点からPASSのアンプを見るなら、この製品はまごう事なきアメリカ・メイドだ。実物をより大きく拡大して大音量で聞くのに向いているのだろう。今回このソフトを聞いた音量では、その真価が発揮できたとは言い難い。