まずはME160のご紹介から始めましょう。ME160を作っているMusikelectronicは、ドイツのスタジオモニタースピーカーの製造メーカーですが、そのモニターらしからぬ柔らかく膨らみのある音質は独特で、響きの良いビンテッジスピーカーの味わいを感じさせます。中でも小型モデルのMusikelectronic ME25を非常に気に入っています。
現在、逸品館ではこのME25の他に小型パワードモデルのRL906を展示しています。それはMusikelectronic社の大型モデル(アンプ内蔵/パワード)も試聴した時に、どちらかと言えば業務(PA/コンサート用)に意識した音作りがなされており、大音量では申し分のなくとも家庭で使う小音量では細かい表現が少し苦手に感じられたためです。
今回、輸入代理店のバラッドから届けられたME160は、私があまり家庭向けではないと感じた大型のトールボーイモデルですが、家庭向けに作られた新製品(パッシブモニター)です。コンシューマー(家庭用)を意識して作られたME160が果たしてどのような音で鳴るのか?早速本格的に聞いて見たかったのですが、ここは焦らずたっぷり3日間の鳴らし込みを行い準備をしっかり整えて試聴を開始しました。
ME160に繋いだCDプレーヤーとアンプは、最近スピーカーのテストに必ず使っているAIRBOW
SA15S2/MasterとPM15S2/Masterの組み合わせです。このセットを使うことで他のスピーカーとの相対的な比較ができます。テストに先んじてすでに3日間みっちり様々なソースを聞いていますが、表情が細かく、透明感が高いこと、音が柔らかいことなど、ME25に通じるMusikelectronicならではの良さが存分に感じられます。また音が明るく、梅雨でジメジメした日が続くこの時期でさえからっとした音を出してくれます。
ソフトは、これまでに使っていない古いJAZZや新しめのJ-POP、そして富田勲さんの最新録音盤「惑星
Ultimate Edition」を選びました。
GROOVY AIRBOW
PM15S2/Master
ベースやピアノの低音の量感には優れていますが、低音が少し膨らみ加減です。この傾向は、今までに聞いたMusikelectronicの全スピーカーにも共通しますが、この「癖」はMusikelectronicが元々パイプオルガン製造メーカーだったことと関連性があるはずです。実際ME25はあのサイズにも関わらず、パイプオルガンの低音の雰囲気を見事に再現しますが、やはり低音は少し膨らむ傾向があります。ただしページ最初の写真からもおわかりいただけるように、今回ME160はふわふわしたカーペットの上に仮置きしているので、それも原因の一端となっているかもしれません。しかし、それでもFocalやB&Wのようにエンクロージャーの共鳴を抑えた設計のスピーカーと比べて、Musikelectronicのパッシブ型はエンクロージャーがおおらかに“鳴く(響く)”ことは間違いありません。
中低音こそやや緩いですが、ベースの細やかな左手のコントロール、Red
Garlandの鍵盤を叩きつけるような強く重いピアノのタッチ、ドラムのブラシワークなど楽器を通して行われる「会話」は非常にリニアに伝わってきます。楽器が歌っていることがよく分かる音質です。
同軸2Way方式の定位感の良さ、持ち前の音の明るさ、低音の軽やかさ(少し緩いですが)など、ME160で聞くJAZZは同軸ホーン型スピーカーの名器“アルテック”が聞かせる、明るく弾んだJAZZを思い出させてくれました。
GROOVY AIRBOW
PM11S2/Ultimate
アンプをPM15S2/MasterからPM11S2/Ultimateに変更すると耳に聞こえる音の細やかさや、明瞭度は少し後退したようにも聞こえますが、楽器の表現の細やかさ音楽の躍動感やエネルギー感は全く違うレベルに向上し、まるで違う演奏を聴いているかのように錯覚します。開発中に何度がPM15S2/MasterとPM11S2/Ultimateの聞き比べを行い発売価格に見合う「格の違い」を確認していましたが、ME160でそれぞれを比較すると2機種のアンプは全くレベルが違うように感じられます。TOYOTA車に当てはめるなら、MK-Xとセルシオぐらい。ベンツならCクラスとSクラスぐらいの違いでしょうか。
ベースの弦を弾き、それがリリースされた瞬間の張りのある、腹に響く音圧に圧倒されます。音は混じって聞こえるのですがエネルギー感が高まったせいか、ピアノ、ベース、ドラムのそれぞれの音の特徴がより鮮やかに再現され、まるで生演奏を聞いているような雰囲気です。やや緩く広がっていた低音がぐんぐん前に出てきます。ベースは締まって弾むようになり、低域の再生限界が1オクターブ低くなったように聞こえるほどローエンドが良く伸びます。
ピアノの音はアタックに続くサスティン(響きの部分)への変化が細かく非常にリニアです。奏者のタッチはより重厚さとデリケートさを増し、同じ音量にしているにも関わらず、音圧が一段と大きくなったように感じられます。エネルギー感と言えばよいのでしょうか?楽器のパワー感や厚みがまるで違います。演奏者がツーランクくらい!上手くなったように聞こえました。
それぞれの奏者が攻守交代を行ったときの楽器の位置関係(実際には楽器は動きませんが、主役の楽器の音が一歩前に出たり伴奏が後に下がって聞こえる感覚)の入れ替わりが非常に明快です。ピアノが前に出たり、ベースが前に出たり、ドラムが走ったり、それぞれが回転(展開)しながら、演奏が進んで行く様が濃密に体に伝わってきます。アンプを変えたことで演奏の雰囲気がより克明に伝わり、生演奏を聴いている感覚に一歩以上近づきました。
10th
Anniversary AIRBOW
PM15S2/Master
ソフトをJ-POPに変え、アンプをPM15S2/Masterに戻します。
JAZZでPM11S2/Ultimateの「厚みのある音」を聞いてしまったせいか、全体に音が「薄く」感じられます。しかし、PM15S2/Masterはこのクラスでは抜群に「厚みのある音」を出せるのが特徴ですから、PM11S2/Ultimateが凄すぎたのかもしれません。
ボーカルは抜けが良く、明るく透き通った音で朗々と鳴ります。低域の量感は十分で少し膨らみ加減ですが、きちんとリズムを刻みメロディーを弾ませてくれます。ギターや金管楽器の高域は、ハッキリして伸びやかで魅力的がありますが、絶対的には柔らかくマイルドで「疲れる音」を出しません。うるさくならないぎりぎりのところで見事にチューニングされているように感じます。
音場はスピーカーを中心に少し前に出てくる感じで、この点はスピーカーの後方に音場が展開したME25とは少し違っています。
表現力は非常に細やかなのですが、音は少し粗く感じられることがあります。実際の生演奏で聞ける音は、オーディオほど緻密ではありませんから、そういう意味ではオーディオ的と言うよりは生演奏的な音です。有名なミュージシャン坂本龍一氏がMusikelectronicのスピーカーをコンサートに使っていることは有名ですが、Musikelectronicの広告に「スピーカーが消えてピアノだけがそこにあった。自らが精魂を込めて作ったスピーカーの存在が消えたことを心の底から喜ぶ制作者が他のメーカーにいるだろうか?」というコピーがありますが、ME160で聴く演奏はまさにそういうイメージです。スピーカーは鳴っているのですが存在感が非常に希薄で、生演奏をその場で聴いているような雰囲気が強く感じられる音質です。
音を出し始めた当初こそ、PM11S2/Ultimateに比べPM15S2/Masterの音薄さが気になったのですが、しばらく聞いているとそんなことは完全に忘れられます。ME160で音楽を聴いていると、楽しい!一緒に歌いたい!今度はコンサートに行ってみたい!自然にそんな気持ちになるようです。
10th
Anniversary AIRBOW
PM11S2/Ultimate
冒頭の歓声やMCの声のリアリティーが全く違うことに驚きます。特に拍手の生々しさ、観客の人数の多さがかなり違って聞こえます。
ベースラインのリズム楽器の音は重くなりますが、リズムの弾み方は逆に軽快になり、演奏がよりしっかり"走り"ます。ボーカルはややハスキーになりますが、語りかけてくる力はグッと強くなります。
PM15S2/Masterで聞くこのソフトは軽快なライブ感が良く出ていましたが、PM11S2/Ultimateでは、スタジオで録音しているような緻密さと丁寧さが再現され、ミキシングや録音の違うソフトを聞いているような感覚です。
曲調は軽快なPOPSなので、そういう意味ではPM15S2/Masterの音がこのソフトにイメージにはよりマッチしていたようにも思いますが、バックコーラスの人数が増え楽器の音のエネルギー感と実在感が増したPM11S2/Ultimateの「リッチ!」な音も決して悪いものではありません。少なくとも高い代価を支払って購入した「高級品」であるという感覚は強く味わえます。
6月18日に発行したメルマガで「高級車のイメージ」に触れましたが、PM11S2/Ultimateは狙い通りそういう「高級感」を感じさせてくれる音で音楽を鳴らします。
惑星 AIRBOW
PM15S2/Master
B&Wを代表とする現代版高性能スピーカーの作り出す音場は、音と音の空間に何もないような(真空の空間に音が浮かんでいるような)広がり方をします。パソコンシミュレートを駆使して作られた音の精度と緻密さは、過去のスピーカーとは比べものになりません。しかし、あまりにも無駄な音(余計な響き)が少ないその音を聞いていると、どこか無機的で冷たく感じることがあります。
ME160はそういうHiFi志向のスピーカーとは一線を画しています。中高域は透明でクッキリと空間へ大きく展開するのは、音場を重要視して設計された現代版高性能スピーカーらしいですが、「空気のある空間に音が広がる(空気の響きを伴って音が広がる)」ところが他の高性能一点張りのスピーカーと違うところです。楽器と楽器の音の間が真空ではなく空気で埋まっている、音と音の間にも響きが満ちている生の音と違和感の小さいこの音場の出方は、Musikelectronic製品に共通する最大の美点だと思います。
ティンパニーは重厚でスピーカー後方の低い位置から響きます。中高音は、スピーカー中央部を球状に運動し、天井を突き抜けて上へと突き抜けます。この前後・上下に深い立体造形の見事さもMusikelectronicならではのものでしょう。
この「惑星」は3日間以上ME160で鳴らしたソフトで最も相性が良く、CDプレーヤーやアンプの価格、スピーカーの存在を全く意識させない自然さと広大なスケールで部屋いっぱいに音楽を広げることができました。この心地よく美しい見事な造形美は、まるでプラネタリウムのようです。ME160が展開する万華鏡のようにきらびやかで美しい音場空間は、私の理想に非常に近いものです。ME160で「惑星」を聞いていると、心は太陽系を一周する宇宙旅行に飛び立ちます。
惑星 AIRBOW
PM11S2/Ultimate
「惑星」では、PM15S2/MasterとPM11S2/Ultimateの音の違いがもっとも大きく感じられます。
PM15S2/Masterが形成する「惑星」を描く“プラネタリウム”の直径が25m前後だとすると、PM11S2/Ultimateのそれは50-100mに及びます。投影される星の数も一気に増えて、宇宙空間の大きさと緻密さが大きくアップしました。
一つ一つの音のしっかり感、細やかさも確実にワンランク以上向上します。しかし、音の粒子が少し粗くても、音楽をざっくりとカジュアルに再現するPM15S2/Masterの音もわかりやすく、PM11S2/Ultimateに引けを取るとは感じませんでした。
PM15S2/MasterとPM11S2/Ultimateの違いは一つずつの音の緻密さや表現力にあり、全体的な音楽表現能力の違いは音質(価格)ほど大きくないことがこのソフトからも感じられます。AIRBOWはモデル別に「魅力」があって、高額なモデルが低額モデルを完全に凌駕するのではないと説明していますが、それがPM15S2/MasterとPM11S2/Ultimateでも実現していることが確認できました。
そうとはいえ、これほど圧倒的に物理特性の異なる音を聞かされると、PM11S2/Ultimateの魅力に抗しがたいのも事実です。厚みがあり熱い音で音楽が重厚尊大に展開するその音質を表現する言葉は、やはり「高級」が最も相応しいのでしょう。