CECから、ある日予告なしに新しいスピーカーが届いた。
それは、Vienna
Acoustics Klimit Series “THE
MUSIC”のスタンド型モデル、“THE
KISS”である。このKISSというネーミングはシリーズ名Klimtの代表作「The
Kiss」に由来する。
早速、AIRBOWの新製品を組み合わせて試聴を開始した。
AIRBOW SA15S2/Master
AIRBOW PM15S2/Master
このスピーカーが届く直前まで、15S2/MasterにはVienna
Acousticsの“T3G”を組み合わせて聞いたいたのでタイミングもちょうど良い。
聞いていたJ-POPをそのまま使い、スピーカーだけを変えて聞く。
出て来た音の素晴らしさに、息をのんだ。
まず驚くのは「低音」がT3G並に豊かなこと。大型のフロア型スピーカーを聞いているような低音が出る。
スペックを見ても低域は38Hzから出ている。この低音なら、フロア型スピーカーだと聞かされても十分に通用するだろう。
Vienna
Acoustics 特許の同軸2Wayスパイダーコーンの実力は、このTHE KISSにも存分に生かされ、中高音はそれに負けない鋭い切れ味とパワーを与えられてスピーカーから飛び出してくる。
確かに、THE
MUSICよりウーファーが一つ減ったことで、MUSICが持っていた独特な低音の豊かな広がり感がやや小さくなっているし、村田のスーパーツィーターがなくなったことで、高音の表現力も僅かに減少しているように感じる。
しかし、下部を大きく抉ったスピーカースタンドとコンパクトなボディーのお陰で、音の広がりのストレスはMUSICよりも明らかに小さく、音楽の空間イメージに全くストレスを感じない(いわゆる定位が素晴らしいと言う表現)。ちょっと不安を覚えるような独特の形状を持つスタンドだが、このデザインなら部屋に置いたときの圧迫感も小さいだろう。
アコースティックな楽器、ギターやストリングスの切れ味が素晴らしく、鋭い音が鋭さを失わないまま出てくる。同時にVienna Acousticsらしい柔らかさやしなやかさは、全く失われていない。T3Gの魅力でもありVienna Acoustics全モデルに共通する、ボーカルのしっとりとした感じもそのまま保たれている。
低音はVienna Acousticsの特徴で少し膨らむが、ボディーがコンパクトなため低音の余韻がMUSICよりも少なく、ROCKやPOPSのパワフルでリズミカルな低音の心地よさはかなりものだ。
ソフトを五嶋ミドリのバイオリンに変える。
音が出たとき思わず、スピーカーを確認してしまった。なぜなら、背後にあるスピーカーから音が出ているように聞こえたからだ。私の経験では、レーザーセッターを使うことでしか得られなかった「スピーカーの存在を消す」というもっともやっかいで重要な作業をTHE
KISSは必要としないのだ。これは驚くべき、そして素晴らしく画期的なことだ。
これは私の主張でもあるが、本来スピーカーの能力を発揮させるためにはセッティングが最重要で、それがまずいとスピーカーの能力はせいぜい一割程度しか発揮できないと考えている。高額なスピーカーを購入しても「良い音」がなかなか出せず、アンプを変えたりプレーヤーを換えたり、オーディオ雑誌やショップ、仲間のアドバイスのままに泥沼にはまり込んで抜けられなくなる。そんな悪循環もスピーカーのセッティング不足が原因であることが多い。中でも大型スピーカーのセッティングは難しく、すったもんだのあげく「やっとスピーカーが上手く鳴った!!」と感じるレベルでも、理想状態の60〜70%の程度ではないかと思う。
そんなマゾ的なオーディオがお望みなら止めはしないが、THE
KISS(THE
MUSICもそれに近い)は、そういう余計な作業を求めたりしない。THE KISSは驚くべき事に、セッティングを考えずに何気に置いた状態でも理想の50%程度の能力を発揮する。それを価格で考えるなら、こういう事になる。
500万円の「鳴らしにくいスピーカー」が最初10%しかならないとする。500万円に10%を乗じると50万円になる。150万円のTHE
KISSが最初50%で鳴ったとするならば、その価値は150万円×50%で75万円になる。つまり、鳴らしにくい500万円のスピーカーよりも鳴りやすい150万円のTHE
KISSは、良い音で音楽を聴けるのだ。
J-POPでも感じられた「ストレスのない音の広がり」は、クラシックを再生することでその素晴らしさが際立ってくる。バイオリンは、スピーカーの数メーター後ろで鳴っているとしか思えない。空間から音が出てくるので、スピーカーから音が出ていることが分からず、スピーカーの存在が全く感じられない。素晴らしい!クラシックは100点だ。
次にソフトをJAZZボーカルのノラ・ジョーンズに変えて試聴を続ける。
楽器もボーカルも音色は美しく聞きやすいが、クラシックに比べると定位がやや散漫になる。口が大きく、楽器とボーカルの境界も不明瞭だ。クラシックはともかく、ノラ・ジョーンズでは、きちんとセットアップされたT3GにTHE
KISSは敵わない。クラシック(ライブ録音)では深かった奥行きが、JAZZ(スタジオ録音)では浅くなる。
クラシックでは理想の50%と書いたTHE
KISSの能力だが、JAZZではその半分の25%といった感じだ。しかし、通常は10〜20%程度の製品が多いから、これでも同じサイズの一般的なスピーカーよりは明らかに優れていると断言できる。
少し辛口すぎるかも知れないが、セッティングが悪いとスピーカーが理想の10%〜20%の能力しか発揮できない理由をもう少し詳しく説明しよう。
最も大きな理由は「ルームアコースティック」にある。なぜなら、私たちが聞いているスピーカーの音はせいぜい数十%で残りの70%〜80%近くは、スピーカーの音を反射する「部屋の音(残響)」だからである。どんな高性能なスピーカーを購入しても「部屋の音」が悪ければ台無しになってしまう。逸品館がイベントで良い音を出せるのは、まずルームアコースティックをきちんと調整しているからだ(詳しくはこちらをご覧下さい)。ルームアコースティックをなおざりにしていると、どんなに良いスピーカーでも性能が発揮できないから注意して欲しい。
次に「スピーカーそのもの」に求められる性能だが、それは大きく分けて二つあると考えている。
一つは「音源」としての性能。音源は、小さな空間からすべての音が出る「点音源」が最も優れるとされるが、これは疑いの用のない事実だ。だからこそ、多くのスピーカーは試行錯誤を重ね「できるだけ小さな空間から音を出そう」と工夫を凝らす。しかし、点に近い小さな空間からすべての音を出すことは物理的に不可能だ。高音は小さいユニットでかまわないが、低音を出すには面積のある大きなユニットでなければならない。そこで、可能な限り「点音源」に近づけるため、タイムアライメント(時間軸)を電気的に調整して、スピーカーを「仮想点音源」に近づけようとする。THE
KISS/MUSICに搭載されている「同軸2Way方式」は、そのもっとも進んだ方式の一つである。
もう一つは「反射体(障害物)」としての性能。それは主に「スピーカーの形状」に起因する「音を反射して乱してしまう障害物としての悪影響の低減」だ。この技術でもっとも進んでいるのは、スピーカーから出た音が広がる障害となりにくい「卵形」のエンクロージャーを採用したタイムドメインの「玉子型スピーカー」である。しかし、タイムドメインのスピーカーはもう一つの「音源」としての性能が芳しくないため、音の広がりに優れても、低音も高音も出ないその音質には疑問を感じる。
低音を出そうとすれば、スピーカーはボディー、すなわち障害物が大きくなり、音の広がりが悪くなる。この問題をほぼ完全に解決できるセッティング装置として考え出したのが「レーザーセッター」であるが、やはり一般的にはマニアックすぎる。
ではこれらの考察を踏まえ、クラシック(ライブ録音)とJAZZ(スタジオ録音)で音が違う現象から、THE
KISSの音質をさらに深く類推しよう。
ライブ録音とスタジオ録音でもっとも違うのは「空間の収録」である。ライブ録音では「指向性の比較的緩やかなマイク」を使用し、少ないマイク構成で複数の楽器の音とその楽器を取り巻く空間の情報(残響情報/間接音)を同時に収録する(最近のライブ録音盤は、必ずしもそうでない場合も多いが)。これに対しスタジオ録音では、楽器一台に一つのマイク(複数のマイクを使う場合もある)を使い、空間情報のない「楽器の音だけ」を収録する。なぜなら、空間情報を楽器の音と同時に収録すると、ミキシングしたときに「空間情報が重なり合って」音場が濁ってしまうからだ。しかし、残念なことに私たちが装置を高度にすればするほど、本来は収録されていないはずの「空間情報(部屋の残響音)」まで再現され、結果として音場が濁ってしまう。
セッティングがいい加減でも「ライブ録音は上手く鳴る」ことから、THE
KISSの「音源としての完成度」が素晴らしく高いことが分かる。THE
KISS自体が「仮想点音源」に近く仕上がっているから、ライブ録音の「直接音と間接音の関係」が精密に再現されたのだ。その結果、「素晴らしい音の広がり感(乱れのない空間情報の再現/カタログの謳い文句通り)」が実現したのである。
「スタジオ録音は、それほど上手く鳴らなかった」事から、やはり大型なボディーが災いしてスピーカーに指向性が生じ、2本のスピーカーによる「空間情報の乱れ」が発生してしまったのだ。しかし、それでも下部を大きく抉った独特のスタンドや角度調整が可能な高域ユニット部によって、同じサイズの他のスピーカに比べると、複雑なセッティングなしでもスタジオ録音が遥かに良い音で鳴らせることに疑いはない。
そもそも、このような凝ったボディーをわざわざ採用することからも分かるように、「スピーカーの障害物としての悪影響をどれだけ減らせるか?」を世界でももっとも真剣に考えているのが、Vienna Acousticsというスピーカーメーカーなのだ。スピーカーの「音源」としての性能向上と、「障害物」としての悪影響の低減。Vienna Acousticsはこの相反する二つの要素を、私の知る限り世界でもっとも上手く両立させているスピーカーメーカーの一つだと断言できる。
余談になるが、曲面で構成されたアルミのキャビネットをツィーターの背後まで採用したALシリーズは、背後の壁の影響をほとんどなくすことに成功した、世界でもほとんど唯一の先進のスピーカーシステムだった。特殊なデザインとアルミというマテリアルの見栄えから、あまり売れなかったのか?早期に生産完了になったのがとても残念だ。
総合評価
Vienna Acousticsのサウンドチューンが基本的に好きな私だから、そのKlimtの絵のように独特なスタイリングも含めてTHE KISSはMUSIC同様にとても気に入った。
Vienna Acousticsの日本デビュー作で大ヒットを記録したS-1の魅力を全く損なわずに引き継ぎながら、あらゆる意味で大きくリファインされた(価格は桁違いに高いが)THE
KISSの穏やかでしなやか、そして鋭さも持ち合わせているその音は、Vienna Acoustics・ファンだけでなく、多くの音楽ファンに指示されると思う。