S9を聴く
第一印象
このアンプを目の前にして感じたのは「ゴージャス」なボリューム感だ!
持ち上げようとするとかなり重く35Kgは超えていると思い、HPを見るとなんと50Kg!それほどまで重くないと感じたので、疑り深く重量を計るとなんと48.5Kg!もあった。
CDプレーヤーにAIRBOW SA15S2/Masterを選び、まず聞き慣れたノラ・ジョーンズから試聴を開始。すぐに私が大好きなSinfoniaに通じる真空管アンプらしい「柔らかさ」が感じられたが、高域の伸びやかさや透明感に物足りなさを感じたので、とりあえずCD一枚分の「暖機運転」を行った。約1時間ほど経つと高域はファインシルクのように細かく滑らかになり、音場の見通しがグッと良くなった。
ノラ・ジョーンズ
大きさ重量から想像されるほど、S9の音は「マッチョ」ではない。シングル駆動アンプらしく高域は繊細で透明感が高く、素晴らしく見通しがよい。音の広がりは真空管らしくふわりとして、ふくよかだけれど濁りは皆無。中域はシルクのようにきめ細やかで柔らかい。下手な真空管アンプにありがちな、取って付けたエコーのような邪魔な付帯音は一切感じられない。だから、直熱三極管の「過剰なまでの分厚さ」を想像すると裏切られるだろう。低音も大型三極管から想像されるほどではなく、ほどほどだ。それでもベースやドラムは、大型管を使ったアンプらしく旨く弾む。
S9は音質的に突出した部分が少なく、インパクトはそれほど大きくない。でも、明るく輝く真空管とウッディーに仕上げられたデザインを見ながら、ノラ・ジョーンズを聞いていると、本当に贅沢な時間を味わっているような気持ちになる。
S9が歌わせるノラ・ジョーンズはセクシー極まりない。曲が進んで驚かされたのは、ノラの声がオーバーダビングで多重録音されている部分だ。まるで重ねられたトラックの数だけノラ・ジョーンズが実際に歌っているかのように、ハーモニーそれぞれの音色が完全に分離する。こんな繊細な音色の表現(再現)は、まず耳にしたことがない。
真空管アンプらしく耳あたりが良く、けっして嫌な音を出さないS9だがそれは刺激がないのとは違う。人生の喜びを謳歌しろ!と心に熱く訴えてくる。口当たりこそほんの少し甘めだけれど、後味は辛口でスックリしている超高級ブランデーのような味わい。
イタリアの血は争えない。人生を謳歌する見事な音でノラ・ジョーンズが鳴った。
エリック・クラプトン
私はROCK系のソフトをほとんど試聴に使わない。録音が思わしくないせいもあるが、やはりROCKは生で聞くのが良いと思うからだ。あのエネルギー感は、オーディオでは決して味わえないだろう。
しかし、このソフトはロックにしてはあまりハードな演奏ではないから、爆発的なエネルギー感はさほど求められない。ノラ・ジョーンズでも感じられた「S9の多彩な音色(色彩感)の再現能力」がこのソフトでも遺憾なく発揮される。
ギターの音はとても美しく、高級な楽器でしか出せない「木の香り」が感じられるような気品ある倍音が出る。ハーモニーの分離と重なりは絶妙で、非常に心地よい。まるで最上級のイタリア料理のように、薄味だけれど最上のバランスで素材のうまみを究極まで聞き出すイメージだ。
日本なら「釜揚げうどん」だろうか。調味料には「塩」しか使わないにも関わらず、素材うまみを見事に引き出し、絶妙の味に仕上げる。美味しいな〜この音は!いくら食べても、ぜんぜん胸焼けしない。最高のプレーン・ピッツァを食べているように、いくらでも飽きずにロックが聴ける。
ヒラリー・ハーン バッハ協奏曲
バイオリンの音は高域のこすれる感じが少し弱い。そのため弦楽器の高次倍音が伸びきっていないように感じられる。しかし、それとは対照的に中域〜高域にかけての響きは美しく、透明感も非常に高い。
刺激成分を少し抑えて、まろやかな感じに仕上げられたこの音は、いわば「古酒」のような味わいをもつ。演奏がとても滑らかに聞こる。
しかし、エネルギー感がないのとは違う。バッハがモーツァルトのように軽快で躍動的に鳴り、聞いているとなんだか体が動いて楽しくなる。
良い意味でS9の音はあくまでも「伊達」に仕立て直されているから、本格的に音楽の構造まで聞き取ろうとすると残念ながらそれはちょっと叶わない。しかし、引き替えに現実を超えた明るさや、優しさがその音に宿っている。
S9総評
このアンプの音は、紛れもなく「イタリア」だ。
もしS9の音を洋服にたとえるなら、イタリア仕立てのお洒落なブレザーだろう。単色の薄めの生地ですらっとしたデザインに仕上げられている。ポケットはもちろん伊達で実用性はない。現実を振り返らずに、あくまでも「お洒落」に音楽を楽しめるように作られている。だから、S9はオーディオ的に聞くのではなく、ウッディーな仕上げのスピーカーと組み合わせてさりげなくお洒落に使うのがお似合いだ。
車にたとえるなら、マセラッティの白いセダン!
大人のお洒落な世界を実現した贅沢なアンプだから、間違っても「コストパフォーマンス」なんて言葉が頭に浮かぶ「オーディオマニア」は、このアンプを「買ってはいけない!」
S6を聴く
第一印象
S9の続きに試聴を開始したのでディスクを変えず、まずヒラリー・ハーンのままで音を出した。高域の透明感、オーケストラレーションの精度はS6がS9よりも明らかに高く、聞き慣れた音でヒラリー・ハーンが鳴る。楽譜に書かれた楽器のパートが見えるように、それぞれの音がきちんと描き分けられる。癖のないいい音だ。ヒラリー・ハーンを聞く限り、S9よりもS6の鳴り方が私の好みにはある。しかし、慌てずにディスク一枚分暖機運転を行ってから試聴を開始した。
ノラ・ジョーンズ
S9と音質傾向差が非常に大きく、同じメーカーの製品とは思えないほど印象が違う。S6は、イギリス系のオーディオ機器から想像されるような「理知的」で「ややクール」な音だ。S9で感じられた「過剰な色気」はS6にはなく、さっぱりとした癖の少ない自然な音でノラ・ジョーンズが鳴る。
高域のしっかりした感じはS9を上回るが、それは真空管の構造に起因すると考えられる。S9が搭載する大型真空管と中型(小型)真空管を比べた場合、各部の強度は真空管が小さくなればなるほど比例して高くなる。つまり、真空管が小型になれば球そのものの剛性が上がり、真空管の響き(振動)が小さくなる。ガラス部分だけでなく、プレートやカソード、グリッドなど構成部品の強度や取り付け剛性も上がり「真空管による変調(真空管らしい音)」が小さくなる。特に高域のアタック成分には、真空管の強度がダイレクトに反映されるから、大型管よりも小型管、直熱感(カソードがフィラメント)よりも妨熱管(カソードが金属板)で音の立ち上がりは鮮明になると私は考えている。
この考えを当てはめると、出力管の中で細身で強度の高いEL34を搭載するS6は音の立ち上がりが早く、逆に響きは少ないと想像できる。そして、S6からはまさしくそのような音が出た。真空管らしいスムースさは十分だが、S9で感じれられた真空管独特の響きや立体感は少ない。あくまでもニュートラルで自然な音。
外連味のないノラ・ジョーンズのボーカルと、プロらしい「遊びの少ない伴奏」が相まって、襟元をただしたトラッドなイメージでノラ・ジョーンズが鳴った。
エリック・クラプトン
ノラ・ジョーンズと同じく、普段聞き慣れた音でクラプトンが鳴る。S6の音は、良くできたトランジスターアンプのようでもあるが、低域のわずかな膨らみと倍音の伸びやかさが真空管アンプだと主張する。
外観の奇抜さとはまるで正反対の整った音。分解能も高い。
日本で大ヒットしたUnison-Research
S2/S8の音を一段〜数段グレードアップしたような雰囲気だ。ギターの切れ味と高域の透明感は素晴らしい。低域の量感と押し出し感も文句はない。ボーカルも艶やかで生々しい。でも、どこかクールで真面目な感じ。そういう雰囲気でクラプトンが鳴った。
ヒラリー・ハーン バッハ協奏曲
るべき音があるべき場所にある。正にそういうイメージ。バッハらしい音でバッハが鳴る。高音〜低音のバランスも良く、楽器が重なっても音が濁らない。色彩感が豊富になった後期のオーケストラではなく、バロック時代の澄み切った清潔な音でバッハが鳴る。S6はS9と対照的にまったくイタリア製品とは思えない、トラディショナルな音だ!
S6総評
良い意味でS6には癖がない。音質上で突出した問題点は指摘できない。真空管アンプとしては、プラスアルファーの魅力があまり感じられないのだが、テストに使っている個体がほぼ完全な新品ということと、アンプの差を聞き分けるために電源ケーブルなどに、あえて「普通(オーディオ用ではない)」のものを使っているせいもあるかも知れない。このまま聞くも良し、自分なりに味付けするも良し、どうにでも料理できそうな「素性の良さ」がS6からは感じられた。S6は基本性能が非常にきちんとしているから、アクセサリーによる音作りがダイレクトに反映されるはずだ。
Sinfoniaを聴く
第一印象
2010年秋にSinfoniaは、マイナーチェンジした。外観はほとんど変わらないが、真空管の銘柄がKT88から6550へ変わったのだ。マイチェン直後に試聴機を聞いたが、KT88よりややドライな音になったように感じられた。何よりも豊かさと甘さを身上とするSinfoniaは、マーナ-チェンジ前後で変わったのか?それを確認するために、S9/S6と比較することにした。
ノラ・ジョーンズ
一音が出た瞬間、Sinfoniaならではの「音の甘美さ」が感じられる。官能的と表現すればよいのだろうか、言葉には代えがたいほどの何とも言えない色っぽさを感じさせる音だ。
甘さと言えば最初に聞いたS9の音も甘かったが、Sinfoniaの甘さはそれとは少し違う。S9が黒糖なら、Sinfoniaは和三盆だ。比較的雑味の少ないすっきりとした甘さで、後を引かない。
アタックは立ち上がりがほんの少しだけマイルドだ。エコーは適度に付加される。Sinfoniaは楽器やボーカルの余韻を真空管の力で美しい響きに変える。低音はほんの少しだけ遅れるのだが、それが「溜(ため)」となり、リズムに心地よい厚みが生まれる。
Sinfoniaが作り出す「絶妙なずれ味」は音場を広げ、前後方向への定位の深さを生み出す。その上、出てくる音は本当に真空管らしく艶っぽい。この音を聞かされてぐらっと来ないなら、その人はきっとまだ女の色気(楽器の色気)を知らないのだろう。
エリック・クラプトン
ノラ・ジョーンズでも感じたが、Sinfoniaで演奏を聴くとすべての音が一度に出るのではなく、順序よい「遅延感」が生み出される。
ギターの弦が弾かれたわんで元に戻りながら、やがて胴なりの響きへと変わって行く。その時間の流れが実際の演奏よりも少しだけ「長めに(大げさに)」に再現される。その時間遅延の増幅感が演奏をより流暢なものへと変え、音楽をより強く躍動させる。
この「命の演出」は、良くできた真空管アンプにしかできない芸当だが、Sinfoniaが素晴らしいのはそれを「味付け」や「癖」と感じさせないことだ。すべての楽曲に「同じような味」を付けるのではなく、それぞれを見事に描き分けながら「足りない部分だけ」を見事に補ってくれる。
「足りない」と「足りすぎる」、そのぎりぎりの間で音楽をより芳醇に再現する。この練られた音作りは、何度聞いても舌を巻かされる。
ヒラリー・ハーン バッハ協奏曲
S9の快活でモーツァルト的なヒラリー・ハーンと、S6のやや禁欲的でいかにもバッハといった感じのヒラリー・ハーンの中間の音をSinfoniaは出す。
たとえばヒラリー・ハーンが奏でるバイオリンの音だが、S9は甘美なストラドバリに聞こえ、S6はややハードなガルネリに聞こえる。しかし、Sinfoniaは高音だけを少しハードに鳴らし、中音は艶っぽく膨らます。バイオリンを初心者が弾くと、ギコギコとうるさい音になる。しかし、同じバイオリンを上級者が弾くと「いい音」になる。それは「楽器のコントロール」の上手い下手による。だから熟練者がバイオリンを弾けば、ガラスをひっかいた鳥肌が立つような音と、人間の声のような甘い音を描き分けて出せる。ガリッと来てふわっと響く特有の音は、弦をこすって出す楽器でなければ出せないものだ。そのバイオリンの連続的で豊かさ音色の変化のすばらしさ、巧みさをSinfoniaは見事に描き出す。
もちろん、それはバイオリンの再現だけにとどまらない。バイオリンとチェロ、コントラバスの音色の違いもはっきりと描き分けるし、演奏の緩急や強弱もハッキリと再現する。陰影もクッキリ描く。
これ以上の音を求める必要があるのだろうか?そう感じるほど完璧なバランスでシンフォニーが鳴った。
Sinfonia総評
Sinfoniaの真空管がKT88から6550に変わって、届いた一号機の試聴機を聞いたとき、私は少なからずがっかりした。なぜなら、それはまるでトランジスターアンプのように聞こえたからだ。しかし、今回きちんとエージングを行って聞いてみると、それは杞憂だとわかった。
確かに以前のモデルよりは、少しすっきりしているようにも思う。しかし、完成度、全体のバランスでは以前よりも改善されているかも知れない。
Unison-Researchは「中は同じ」と説明しているから、もし以前と「同じ真空管」が入手できれば、前と同じ音が出せるかも知れない。マイナーチェンジ前のSinfoniaが使っていたSOVTEKのKT88は今でも容易に手に入るから、機会があれば一度取り寄せて聞き比べて見たい。いずれにせよ、SinfoniaがUnison-Research中、私が最もお薦めするアンプという評価は変わることがなかった。
2 Classic Integratedを聴く
第一印象
Unison-Researchの製品に比べると、QUADの製品は外観からして「地味」だ。サイズも小さいし、仕上げやデザインも凝っていない。配色にも主張が無く、ただの箱。そう言ってしまえばそれまでだが、この「控え目さ」が伝統的なQUADのデザインである。
音を聞いた印象は、綺麗だけれど少し細い。すっきりした知的な音だ。とにかく「暖機運転」を開始して、それからじっくり聞くことにした。
ノラ・ジョーンズ
暖気が終わると音が変わった。
中域〜高域はほんの少しクリーミーだけれど、それが真空管らしい暖かい音を生み出している。中低域には十分な厚みがある。低音はUnison-Researchよりも前に出る感じが強い。ウッドベースがうねる感じ、ピアノの重厚な響き、ボーカルの肉厚的な感じ、そういう「厚み」の部分では、先に聞いたUnison-Researchの3機種とは明確な違いが感じられる。QUADは、地味で小さいボディーには全く似合わない、本格的でリッチな中低音を出す。
2
Classic
Integratedで聞くノラ・ジョーンズは、JBLの往年の名ユニット(スピーカー)“LT8T”のような、やや大型のフルレンジスピーカーのようなたっぷりとした厚みを感じるが、それにわずかにツィーターを効かせたバランスに仕上がっている。高域の切れ味や透明感はほどほどだが、楽器の音やボーカルの中域が太く、表現が濃密なのが特徴だ。
音楽の重心を中央に集中させた感覚。言葉に代えるのは難しいのだが、BOSEの101をうんと繊細にしたような感じなのかも知れない。レコード最盛期の暖かく心地よい音でノラ・ジョーンズが鳴った。
エリック・クラプトン
このソフトからも、いかにも真空管らしい暖かい音が出る。
1曲目の指を弾いて音を出している(指打ちをしている)部分の音は厚みがあって非常に生々しく、間近でそれを聞いているように感じられる。
ギターの切れ味の鋭さはやや後退するが、伴奏の弦楽器の厚みと押し出し感が増大する。
Sinfoniaの音はぎりぎり自然で、生演奏とオーディオの狭間で演奏を聴いているような感覚だったが、2
Classic
Integratedは明らかに「オーディオ的な着色(厚みが増す)」が強く感じられる。オーディオ機器をより積極的に使って音楽を聴いているという感覚になるが、それは決して不愉快ではなく、逆に積極的に味わいたくなる方向の美味しい味付けだ。
エレキベースの押し出しや、サスティンの響きが心地よい。ボーカルは伴奏と綺麗に分離するが、暖かい空間の中で旨く混じり合ってもいる。部屋の空気の温度が少し高くなるような、暖かく柔らかい音。Sinfoniaがミラノ・コットンの滑らかでソフトな肌触りなら、2
Classic
Integratedがさながら羊毛のようだ。それぞれの肌触りは、明らかに違った。
ヒラリー・ハーン バッハ協奏曲
暖気が完全に終わった2
Classic
Integratedの音は、少し細いと感じた第一印象とは全く違う。中低域に厚みがあり、バイオリンとチェロ、コントラバスのパートが見事に描き分けられてリズムが弾む。とくにチェロとコントラバスの厚みと押し出し感(圧力感)は見事に再現され、交響曲らしいハーモニーの厚みを存分に堪能できる。
バイオリンの最高域の切れ味は、どうしてもシングルアンプのUnison-Researchには叶わないが、プッシュプルとしては、濁りも少なくかなり優秀だ。この高域なら、先ず文句は出ないだろう。
コンサートホールの中央付近、もしくはそれより少し後で演奏を聴いているイメージで、ヒラリー・ハーンが壮大に鳴った。